やくたたずの恋
33.負けるが、恋。(中編)
 ふわりと雛子を抱く、恭平の腕の感触。それは、孵化間近の卵を抱える、親鳥の羽毛によく似ていた。自分が育んだ大切なもの。それを誰にも渡したくも、触れさせたくもない。そんな強い意志と、執着に近い愛情が籠もっている。
 怪我をして泣いたり、友達と喧嘩したり。雛子は幼い頃から、慰めてほしい時に、母に抱き締めてもらうことがあった。学生時代には、友人同士でじゃれて抱き合ったりもした。
 そんなこれまでのハグと、今のこれはどうも違う。自分を求める真っ直ぐな気持ちが、恭平の全身から伝わってくるものだ。
 私もだよ、恭平さん……。私も恭平さんと、こうしたいって思ってたもの……。
 恭平が与える優しさに酔いながら、雛子は視線を上げる。頭の上に載った、穏やかな恭平の表情。それに視線を合わせ、躊躇いがちに口を開いた。
「あの……恭平さん」
「……何だ?」
「私が、恭平さんを抱き締めていいですか?」
「え?」
 恭平の返事を訊くまでもなく、雛子は彼の胸から体を離した。そして、恭平の頭を胸に押し当てるようにして、ぎゅっと抱き締めた。
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