やくたたずの恋
38.恋を、はじめよう。(前編)
 愛を囁いていた恭平の唇が、雛子の顔へと下りてきた。腫れた瞼をいたわろうとキスを重ね、ついには唇へとやって来る。
 触れただけで、お互いの気持ちが分かる。そんな口づけを繰り返した後、恭平の唇は一旦離れ、今度は雛子の耳をくすぐった。柔らかな果物を味わうように、甘噛みを繰り返す。
 お……大人だ! 大人の「好き」って、こういう感じなんだ……!
 首筋へと這い出た恭平の唇の動きに、雛子はそんなため息を漏らす。いつも露わにしている部分に触れられて、体じゅうにこんなにも熱がこもるなんて。
 この世にはこんな愛情表現もあるのだと、恭平の吐息と唇の感触が教えてくれる。大人の階段を上っている気分だ。しかも3段飛ばしで、一気にてっぺんへと駆け上がっている。
 突然首筋に、じん、と痛みが撥ねる。恭平の唇が、肌を強く吸い上げていたのだ。底から生まれたまろやかな痺れが飛び火して、背中までもが震える。それを追うように、恭平の手が雛子の背を撫でた。その奥にあるものへと手招きするために。
 こっちにおいで、怖くはないから。怯える子猫を手懐けるように、まだ目覚めていない雛子の感覚を、恭平は呼び起こそうとしていた。
 彼の手の動きに、雛子はぎゅっと目を瞑り、耐えていた。それは辛いからではない。放っておいたら、とんでもない反応をしてしまいそうなのだ。
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