やくたたずの恋
40.さらば、おっさん。(前編)
 青空が広がる、爽やかな朝。薄いカーテンから差し込む日差しの中で、雛子の父も母も、朝の光に負けない笑みを湛えている。
 この応接間のソファで、彼らと向かい合って座る敦也もまた、とびっきりの王子様スマイルをMAXモードにしていた。
 急いでホテルから帰宅してみれば、こんな状況に置かれている。笑顔のデパートと化した応接間の中で、敦也の隣に座った雛子は、一人沈んだ表情を見せていた。
「いやぁ……まさか雛子に、お付き合いしている相手がいたとは……! しかもそのお相手が、『近藤商事』の社長のご子息だったなんて! どおりで雛子も、縁談の話から逃げ出そうとする訳ですなぁ!」
 議会で発言するかのように、雛子の父は大きな声を出す。その顔は、愛想笑いの最終形態を繰り出していた。
 父がこの顔をする時は、自分に最大級のメリットがある時だけだ。選挙の挨拶回りの時、所属する党の幹部に頼みごとをする時、選挙などの資金の援助をお願いする時。それ以外では、絶対に見せることのない表情だ。
 それに対する敦也は、「苦しゅうない。近こう寄れ」とでも言い出しそうな、王子様としてのポジションを守っている。家臣や侍従たちを目の前にしているかのように、雛子の父と母を見下ろしながら話し始めた。
「ええ、昨日は僕もびっくりしました。雛子さんが僕の所へやって来て、『あなた以外の人と結婚させられそうだから、家を飛び出してきた』と言うものですから。雛子さんはかなりの興奮状態でしたので、まずは落ち着かせなくてはならない、と思いまして、ホテルに雛子さんを宿泊させたのです。そのご連絡が遅れてしまい、申し訳ありません」
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