やくたたずの恋
 お母様……だけど、これは全部嘘なんだよ? 本当は、私……。
 喜ぶ人たちを目の前にしては、本当の気持ちなど言えるはずもない。これが「役立たず」から脱出できる方法だと説得されてしまえば、抵抗することはできない。
 恭平を影山の家に連れ戻し、彼と結婚する――それが当初の影山社長からの申し出であり、雛子の目標だったはずだ。せっかく恭平と想いが通じ合っても、彼が影山の家に戻る気がない限り、その目標が達成されることはない。そうなると、別な男との結婚の話が湧いてくるのは当然だった。
 父の借金返済のための人質。それが雛子の、現在の状況だ。改めて自覚してしまえば、ため息しか出なくなる。
 実際に大きく息を吐き出せば、喉がぴり、と痛む。それは昨日の夜、恭平の名を呼び続けていたことの証だった。
 彼を求めていた自分が、今はこうして、別の男と結婚する話に巻き込まれている。昨夜と今。数時間の違いで、こんなことになるなんて。一層の落ち込みを見せる雛子に、父は無神経な明るさをぶつけてきた。
「雛子、敦也くんはお前のために、こうして出勤前に、わざわざうちに寄ってくださったんだ。こんなに立派な青年はなかなかいないぞ! それに、敦也くんと結婚するとなれば、影山社長が持ってきた縁談も堂々とお断りできるしな!」
 これにて、一件落着。父が水戸黄門のような甲高い笑い声を上げるのを、雛子は俯きながら聞いていた。目に映る、ベージュのスカート。それが次第にぼやけて、悲しみの水溜まりになっていくのを感じながら。
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