やくたたずの恋
43.やくたたずだって、役に立つ。(前編)
 富士山を逆さにしたような形の、巨大なシャンデリア。その下で蠢く多くの人々。ざわめきの中で弾けるシャンパンの泡。楽しそうな笑い声と、カトラリーの摩擦音。
 このバンケットルームには、この世の晴れ晴れしいものが大集合している。さすがは一流企業主催のパーティ。誰もがそう思っているだろう。政財界の有力者の顔も多く揃い、社交場としては一級品のものとなっている。
 その中で雛子は、喘ぐような呼吸を繰り返していた。着慣れない振袖と帯に締めつけられた体が、深い海の底を目指して落ちていく。そんな感覚のまま、両親や敦也と共に、招待客への挨拶を繰り返していた。
 敦也との婚約の噂を聞きつけ、お祝いを言ってくれる人も多い。だけど嬉しさは、一つも感じられない。
「この度は、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
 そんなコール&レスポンスを、機械的に繰り返すだけだ。
 アリガトウゴザイマス。アリガトウゴザイマス。それは、雛子を本物の機械へと変えていく呪いの言葉だった。鉄でできたその重い体は、海に沈み込んでいく速度を、ひたすら上げていく。
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