鬼燈
鬼燈
私は小説家だ。

といっても、あくまでも自称であって、世間的にはフリーターというものだ。


小説を書いて生きていこう、と決めたのはいつのことだったのか。

誰も読みはしない作品を、一体いくつ生み出しては捨てて行っただろう。

手持ちの金がなくなると、日雇いの仕事でなんとか食いつなぐ日々。

遅々として筆は進まず、ようやく進めば原稿用紙に落ちる言葉は駄文ばかり。

これまで何枚の原稿用紙を破り捨てただろう。

気が付いたら、もう後戻りのきかなくなる歳に達していた。


一歩踏み外せば奈落へと落ちていきそうな絶望感に追い立てられ、焦燥感ばかりが募る。
そうなると私は酒に助けを求めた。

ガード下の古めかしい飲み屋で酩酊するまで飲み続ける。

安酒のせいか、飲み明かした次の日の気持ちの悪さは壮絶なものだった。

それでも縋らなければ私は、小説家であるという自己を失ってしまいそうだった。
これしかないのだと信じ続けていたものを手放せる程、もう私に選択の自由は残っていない。

酒を煽ってはこの世の不平不満をぶちまけ、己の非才を時勢の責任にし、近くにいるもの誰彼構わず絡んでは、自分に残された人生を嘆き続けた。

店にとって最も嫌な客だっただろう。私自身もこんな自分が嫌で仕方が無かった。


「こんな人生を送るくらいなら、もっと早く死んでしまえば良かったんだ」


また今日も店のカウンターを陣取って、私は名前も知らない浮浪者のような老人相手にぼやいていた。
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