いろんなお話たち
焔瞳
まったく、なんでこんな人間どもの世界で二人は生きているのか。
わからないが今街を歩いている自分の姿もその人間で。
どちらにしろ忌々しい。
どこへ怒りの矛先を向ければいいのかわからない。
――怒り、はそもそもどこに感じている?
「!」
突然。
グイ、と強く腕を引かれ、
「……?」
「はぁーい」
振り返ると、女がにっこりと笑顔を向け、ひらひらと手を振っていた。
「………」
なんだこいつ……。
なれなれしく挨拶されても、こんな女に見覚えがあるはずなく。
思考を巡らせている時に邪魔をされ、不愉快そのままに睨んだが、女は怯みもせずとろんとした目で、腕を組む力を緩めずに顔を寄せて囁いた。
「ねぇん…、あなた、カイル様のお・知・り・合・いなの?」
その香りに特別誘われたとかそんなことはない。
女に飢えてる男ならフラフラと気を許すだのだろうが、…論外だ。
甘ったるい声に、寒気がゾクゾクと背筋を這いあがり、反吐が込み上げてきた。
「離せ」
半眼で冷たく言い放ち、ぐるりと巻きついていた女の腕を払う。
一人になった途端に、訳も分からない奴に絡まれたな…とカイルの方を見ると、
「………」
束になった女に群がられていた。
口々に「カイル様」という呼び声がかかり、苦笑いを浮かべるカイル。
時折こちらを見ては、『助けてくれ』と目でサインを出してきたが……別に日常茶飯事なのでそのまま傍観。
人の中でも子供と女性には人気があるドラゴン族。
子供からしてみれば「カッコイイ」という理由で、女性からしてみれば、
「(…あいつもタルートみたいに、冷たくすればいいのなぁ)」
美形揃いのドラゴン(男)はタイプらしい。
しかしそれは本体もカッコイイ〝純粋〟な血をひいたドラゴンであり、翼人にもなれず、いきなり本体になれる……が、その本体も中途半端なエレオスには、カイルやタルートのように「道を歩いていたら、女に囲まれて歩行を阻まれる」、ということはない。
きっと軍の中でも城の中でも、カイルやタルートはちやほやされて、人間の男に別の意味で、殺意を持たれているんじゃないかと心配は心配だったが……人のいいカイルにも困る。
あんな屑みたいな集団、鞘に収まる剣を出して、「退け」とか言って散らせばいいのに。
「……って、おまえも何触ってんだ!」
赤く長い髪をひと房手に取り、「綺麗ね…」なんて呟く女の手から髪を奪う。
「いいわよねー…私もその色にしてみたいわ」
「あーあー、だったら魔法使いにでも頼んで染めてもらえ」
……やっぱり切ろう、放置しすぎたからかすっかり長くなってしまっている。
それに女じゃないんだし、あまり長すぎるのもな。
髪の長さで力が決まる程、ヤワな魔力は所持してないし。
…切るついでに色も変えてみようか、だとしたら地味めな色を今度は選ぼうかと考えながら、さっきとは逆方向に足を向け、何気なくカイルの横を通る……という風に見せかけ、彼を救出。
水の精とは違い、素直に言う事を聞いてくれる風の精を召喚して、カイルに群がる女達に少しイタズラをした。
カイルが「あー…」と声を上げる。
「構わねーよ。そのうち起きるだろ」
「……魔騎兵が居たら、即、捕まるぞ」
「今度はソコまで厳しくなるのか?」
そんな世の中が来たら嫌だなぁと思いつつ、倒れてる女に構うことなくカイルの腕を引く。
カイルは「もし起きなかったら可哀相だな」なんて言いながら、上手く女の顔や体を避けて、エレオスの横へ足を置いた。
エレオスはすぐに手を放す。
イタズラと言っても何ら変わりない。
眠り粉を混ぜた風を顔に浴びせただけ。
周囲の人間が2人を見て何か囁いていたが、2人ともなんら気にせず。
そのまま城へ向かった。
「腰の剣。使えよ」
「……女性と子供、それから無害の人間には使わない主義」
「…今のは明らかに有害だと思うけど」
「………」


魔法なんて、使う奴は子供から老人から、反日常的に、誰に教わるまでもなく、この惑星の人間は気づいた時から使える、あるいは覚えられるという。
しかし、魔法を使うのは悪魔と契約しなければならないとか、契約を結ばないで使うと自分の魂は抜かれるだとか、そんなことを言う連中が必ずいて、そんな子供騙しの言葉を、神の教えとして、まんまと呑み込んでいる人々は……滅多にそれには頼らない。
まぁ信じなきゃ「教会」の意味はないのかもしれないが。
軍に関しては、一部の卑怯な国以外は、銃器ならびに剣を使用。
だが自分は剣術に優れているからといって、相手に油断してかかると本来は人への魔法は禁止されているが、戦闘においてそんな決まりを守る兵士はいないため、魔法でイチコロ……なんてこともあるので注意が必要だ。
ドラゴンの魔法使用について人々はどうこう言わない。
…『神殺の日』から、本体(第3の姿)になる一瞬の隙も許されなくなった彼らは、エレオスはともかく…タルートとカイルは、人型でいる間は常に魔力を消費している。
赫月の晩の前日など、極限状態に陥るときには本体ならずとも、翼人までには姿を戻す。
……そこまで気を使っているのに、わざわざ「ドラグーン」という部隊に2人がいることがエレオスは不憫に思えてならなかった。
言葉なら言葉だけ存在させればいい。
何も2人を兵器として民に示さなくても……。
別に自分が勘違いされるのは構わないけど。


「君が我ら人間との混血の……ほう、どうやらそのようだね。そんな気がするよ」
カイルの案内の下、王座の間へ通されそこでこの国の王と謁見した。
手を差し出されて握った。
…意味の深い、訳のわからないことを言われて殺してやろうかと思った。
混血って言葉は嫌いだ。
お前みたいな戦争好きの人間の血が自分にも流れているかと思うと、……別にこいつが自分の父親じゃないが同じ人間の血という部分は嫌だった。
だから戦争国家の国には訪れたくないけれど、でも2人の仲間はやっと、この国を最後に戦からは去るようだし……。
「どうも。タルートとカイルがいつも世話になってます」
社交辞令という奴だ。
笑顔を向けたがそれ以上の言葉が出てこなかった。
「君も一緒にどうかね」と誘われなかったのが良かった。
誘われていたら間違いなくあの場で王を……、そして国王殺人の罪を2人にも背負わせるところだった。
それはしてはいけない。
絶対に。
それに何よりも……殺すのは自分の役目ではないから。


タルートは昼の間はどこかに出かけているようで、夜の饗宴の場にて顔を合わせた。
よくわからないが2人の友人だという、ジャックという男もついて(こいつは人間らしい)。
料理をすべて運ばせた後で人間を追い出し(一名を除く)、広い部屋の中一面にシールドを張って誰も来ないように…あとは会話を聞かれないように消音空間もとりつけ。
ジャックについては大丈夫らしい。
2人の正体を知っている上で、エレオスと再会する前から2人とは旅を続けていたらしいから。
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