いろんなお話たち
孤独ごっこ
王子を捜しに行くときに、たくさんの装備品と一緒に配属された。
御供兼、もしも彼が駄々を捏ねた場合、説得にあたってほしいのだと王様に任された王子の幼馴染兼従僕の、彼。
一目ぼれだった。
顔じゃなくて、髪に。
高いところで結んだポニテは、男じゃ2次元しか合わないだろうと思ってたのに。
しかも洋装なのに合ってた。
女と仲良くする気は毛頭ないと、あくまで私達のサポートに徹するとストイックな彼は言ったけれど。
一目見て、心を奪われた。
好きになった。
……たぶん、嬉子より私のほうが先に。


なのに。


「すーっかり、おいてけぼりだ……」
ぷくうっと頬膨らめて見る先では、カミールと嬉子の姿。
今、二人は仲良く魔法の特訓中。
と言ってもカミールは教える先生で、嬉子は生徒。
「ニィー?」
「…クー。なんでもないよ」
頬に擦りよってきた白い狐(に似た小動物)を抱きしめる。
最初の装備の際。
自ら主を選ぶという剣や槍、そういう物理攻撃の武具が私と嬉子に反応することはなく。
じゃあ魔法を統べる者なのだなと王様は水晶のようなガラス玉を持ち出した。
嬉子には反応を示したが、私が触れてもガラス玉は何の色も発しなかった。
……悩んだって仕方ないのだけど。
戦闘の際、お荷物になるのは私だけで、どこかで野営するときとかの食事当番もろくに出来ないで。
初対面の時は同じぐらいだったのに、最近、カミールは嬉子に対してちょっと優しい(様な気がする)。
しょうがないのだ。
「嬉子、カミールさん。まだ特訓してるー? 先に宿屋戻ってるね」
まだ私は敬称なしでは、彼のことを呼べない。
宿屋で食事の手伝いでもしてこようと二人に声をかけ、小高い丘を後にした。

元の世界のテレビで旅行会社のCMでも使われてた音楽を口ずさみながら宿屋に戻る。
店主の人に食事の準備手伝いますよと言ったら、客人にそんなことはさせられないと全力で断られた。
あちゃー、ここもか…。
「じゃあご主人、暇つぶしスポットとか知ってます? お花畑とかでもいいですよ」

「えーと…ああ、あった。ここだここ」
紫と黒の布で包まれたテント風の建物。
村では結構あたると評判の占い屋らしい。
「嬢ちゃんは占いとか信じるかい?」と主人が言うので、「良いのだけは信じますよ!」とガッツポーズしたら「いいねぇそのノリ!」と気に入られてここを教えてもらった。
お花畑は二人が特訓してる丘へ続く道とは反対の森を抜けるとあるらしい。
占いが終わり次第、頑張ってる嬉子に花輪でもプレゼントしよう。
空を見上げると青空。
よし、時間はまだあるわね。
「ニィー!」
一歩入ろうと足を踏み出したら、肩にいるクーが強く鳴いて。
見ると首を振ってる。
見るからに怪しいからやめろって?
お金の無駄遣いになるって?
いいじゃない、ちょっとぐらい!
だって暇なんだもの、それにファンタジーな世界の占いって当たりそうじゃん?
「だいじょぶ、だいじょぶ! ただ、二人には内緒ね?」
クーにウインクしてからとばりをあげて中へ入る。
暗い…と思ったらテーブルの隅の蝋燭が室内を照らすだけなのだ。
ムードだけは立派。
「ほう。おまえさん……いろいろとあるようだねぇ」
しわがれた声の易者さん。
おわぁ~本家って感じ!
わくわくしてきた!
「あ、やっぱり解ります!? そーなんです、苦労してるんです私!」
うきうきとして椅子に座る。
「…ん?」
するとフードの奥で光る目があり、あからさまに体をびくつかせたクーが「にっ!」と短く鳴くと、怖かったのかサーっと肩を降りて店の外に出て行ってしまった。
「あっ! クー!」
「お気をつけ」
不意に声のトーンを落とした易者の方をぱっと振り返る。
「惨めな死に方をするね。想いは遂げられないだろうよ」
「まぁっ!」
良いことだったら全力で信じようと思ったのに、まさか悪いことを先に言われるとは。
らしくもなく女らしい声をあげ、思わずじっとその皺だらけの唇を凝視してしまう。
おもいって……なんだ?
胸の震えとともに過るのはカミールの顔。
とは言っても仏頂面だけど。
すぐに嬉子の顔も隣に並び、ずきんと心が痛む。
――ちがう。
「あなた、インチキ占い師ねっっ」
大声でそう言って、クーのように振り返らずに店を出た。
……せっかく教えてくれた宿屋の主人に申し訳ない。
わかってる、けど、こんな、―――叶わないとか。
「………っ」
他人の口から聞きたくなかった。
目の奥が熱い。
視界が滲んで何も見えない。
けれど歩みは止まらなくて。
そのおかげで何人かぶつかってしまったけど、ちゃんと前見ろと怒られたけど。
何も言えない。
何も返せない。
唇をぎゅっと噛み締めて、街を出た。

鼻腔に入る花の香りに、茫然と立ちつくしていた私はペタンと腰を落とした。
そうだ。
花輪、作ろうと思っていたんだよね。
見渡す限りは薄紅色。
シロツメクサみたいに丈夫な茎だから編めるだろう。
事前に調査済みだ。
あとで嬉子を誘おうと思って、でも魔法の修行があるから難しくて。
この村にも、何日も滞在してる訳じゃないし。
「♪……」
この花もしおれるときは一斉にしおれて、いっぺんに散っちゃうのだろうか。
それはさみしいなと歌いながら編んでいると、膝に小さな体温を感じた。
見ると前足を私の膝に置いて、白い狐がこちらを見上げてた。
「クー…。どこ行ってたの?」
「ニィーっ!」
「2人の所行ってても良かったのに……。一緒にいてくれるんだ。ありがとう」
あのおばさんはやっぱりインチキだったよと笑うと、クーは小さくうなずいた。
「運勢下がり気味みたい。まっ、こんな世界に飛ばされること自体アンラッキーなんだけどね!」
「ニ?」
「いいことも悪いことも全部、気持ち次第でどうにでもなる。それなら楽しまなきゃ損だよね。王子が早く見つかればいいなとは思うけど、でも今、みんなで旅しているの、すごく楽しいもの。写真に残しておきたいぐらい」
頭を撫でると嬉しそうに鳴くクー。
犬猫じゃないんだから元の世界に連れて帰れないのはわかる。
いつかはお別れなんだけど、でも、それはカミールともそうだから。
好きになってもどうせ離れ離れ。
だったら最初から誰も好きにならない方がいい。
そのことを胸に刻まなければ。
泣くのを少しでも最小限に抑えるために。
自分の、ために。

「すっかり暗くなっちゃったね。早く帰らなきゃ」
「ニ!」
暗い森の中。
木の幹に手をついて足場を確かめながらゆっくりと歩く。
そんなに深い森じゃなかったと思うんだけど、昼間とは違うからおなじところぐるぐる回る危険があった。
懐中電灯ぐらいもってれば良かったな……空を仰ぐも、雲の絨毯が広がってて月が見えない。
月明かりがあるかないかでもだいぶ違うのに。
「(風が吹いてるから雲が流れるといいんだけど…)」
嬉子、心配してるかな。
カミールは怒ってるだろうなぁ。
朝までに帰らなかったらおいていかれるかもしれない。
なんだか冗談に思えなくて少しだけ歩調を早める。
「クー……。街はどっちの方向か、野性的勘でわからないかな?」
肩にいるクーに話してみても、「ニ?」と短く鳴くだけ。
キツネって鼻よくないんだっけ? っていうかこの子がキツネかどうかも。
「……!」
不意に人の声が聴こえた。
「すみませーん!」
道案内してもらおう、そう思いながら声のした方へ駆ける。
二人が捜しに来てくれた……!
嬉しくて、おーい! 私はここだよ! と叫びながら行くと、やがて灯りが見えた。
もう少しだ。
走って走って――ぴた、と足を止める。
「なんだ嬢ちゃん?」
松明を手に振り返ったのは、薄汚い身なりの男たち。
「一人でどうしたのかな?」
「迷ったんだろ?」
「おじさん達が、街まで連れてってやるよ」
ひく、と顔がひきつった。
息が一瞬止まった。
肩に乗ったクーの震えが、私にも伝わりそうで。
男達のニタニタ笑うその顔がっ…、気持ち悪い!
「けっ結構です!!」
言って、元来た道を全速力で逃げるも。
「待てよー一人じゃ危ないぜ!」
「俺達の方が危ないってか?」
複数の足が、声が、追いかけてくる!!
くらやみの森に響き渡る笑い声が恐ろしい。
「私、貧乳で魅力ないですからぁぁあぁっっっ!! 来ないで下さいぃぃいいぃいぃっ!!」
嬉子、カミール!
どうして助けに来てくれないの!?
それとも、本当は近くに居るけどわからないだけっ!?
泣きそうになりながら、ひたすら前だけ見て足を動かして。
不意に、地面の感触が消えた。
え。
え。
え。
スローモーションで体が前に傾いてって。
ぐらっと天地がさかさまに映る。
耳元で悲鳴のようなクーの鳴き声にはっと意識がさめ、急いで胸元に抱きよせた。
「きゃああぁぁ――――――っ!!」
目を閉じる。
刹那、意識が途切れた。

「ニ、ニ!」
目を開くと、至近距離でクーの顔が見えた。
心配そうにつぶらな目がこちらを覗き込んでくる。
無事だったんだ、良かった。
ほっとして体を起こそうと腕をついて、走る痛みに眉を顰めた。
「っ、まぁ……意識ある、だけ…マシかな……」
とっさのことだから受け身に失敗したんだろう。
あー、もう…私のバカ……。
体の全身、あちこちがすりむいたりしてひりひりズキズキ痛い。
丈短め&胸元広めの服だからか、あちこちに擦過傷や裂傷を作ってるようだった。
二人に何度もやめろと言われたけど、でも動きやすいし温度調整とかは、この世界は比較的すごしやすい気候だから要らないし……。
心配なのが、背中が一番痛いこと。
心臓がそこにあるみたいに、ドクドクと強く痛む。
痛むのに、やけにあたたかい。
何か体から出ていく感覚もする。
「ニー! ニー!」
「クー……。ご、め……ね…」
喋ろうと息を吸おうとして肺を動かすと強い痛みが中心に走る。
ぱちぱちと視界に小さな火花が散った。
あ、れ……?
けど、くるくると私の周囲を回るクーを見るに、どこも体の異常はないのだろう。
相変わらずの真っ暗闇ではそれが唯一の光のようで、ほっとする。
痛みは幻ではなく、本物……夢から覚めるなら、早く元の世界で目覚めてほしいのに。
「行っ……て、いいよ。お行き……」
私の言葉にぴたりと前足を揃えて立ち止まるクー。
クーにとってのお荷物にもなるなんて。
本当の意味での厄介者じゃないか、私は。
役立たずだ。
元の世界でもそうだった。
就職に失敗して、バイトも人づきあいがうまくいかなくて辞めて。
独立することもなく、親元で暮らす日々。
怠惰な人生だったから、こっちの世界でも損な役回りしかやってこない。
「(よくできてるよ……、ほんと)」
崖なんてどこにあったのかなぁ。
これじゃ、ますます迷っちゃったんだろうし、…こんなところで一夜明かすとか。
さっきの男達に見つかったら今度こそ逃げられないし。
「はは……まい、…た…」
地面にふれるとぬるりとした液体があって。
指先についたのは、暗闇でもわかる赤色。
どんどん量が増えてる。
増えてる、はずなのに不思議と痛みがなくなってきたのが不思議だった。
この世界は気候が良くて寒くないはずなのに寒気がするのも、なんでだろう。
占い婆ちゃんの言葉が脳裏によぎった。
こんな最期だなんて。
ぶわっと瞳に涙が浮かんで、視界がぼやける。
「っ……ううっ……く」
あんまりだ。
クーが頬を摺り寄せてくるけど、汚しちゃうと思って頭をなでれなかった。
―――いや、もう既に手を動かす力が残ってない。
空を見つめるけど、霞んでよく見えなくなってきた。
雲がどいて満月が顔を出してくれないだろうか。
どこかの歌詞のような、この世界の月はあおいあおい色をしている。
星の数は多くてそこらじゅうで天の川があるようで。
月に一度、オーロラのような光のカーテンが空をベールで覆い尽くす。
碧い月とオーロラが織りなす空を、せめて。
せめて最後にもう一度。
嬉子と。
「き…こ…。ど……うか、しあわせに……」
目尻から何個目かわからない涙が肌を伝い落ちた。
瞼の重みに耐えきれず、静かに下ろす。
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