いろんなお話たち

男は最初、義父として家に来た。
おどおどとした性格の、話しかけたらにこやかに応じる男だった。
「よろしくね、翠ちゃん」
緊張してるのか、掌いっぱいに汗を滲ませた手で握手を求めた男。
そっけなく返した私に対して、ぎこちなくも笑顔を絶やさなかった。
隣で「いい人だから」と言って照れたように笑う母に、別段何を感じた訳でもなく。
ただ私の本当の「お父さん」のことは忘れてしまったのね、と少し寂しくなっただけで。

義父としてはよくやってくれたと思う。
きちんと働いてくれたし、母が体を壊したときは主夫として家のことをやってくれたし、だらだらと惰眠する事もない。
いい人だった。
だった、と言い切るのは少し語弊があるかもしれないが。
矢庭に男は本性を現した。
元からその貌を隠し持っていたのか、それともどこからかそういう感情が男の中に闖入したのか、定かではないが。
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