【完】イケメン*眼鏡*ランデヴー
ホールの重たい扉を開くと、タンホイザーは二幕目の、物語の中でも一番盛り上がりを見せる『歌合戦』のシーンだった。



愛の本質を快楽だと歌う、澪ちゃん演じるタンホイザー。



澪ちゃんの表情は、普段の穏やかな無表情ではなく、欲に染まり、妖艶さを滲ませるタンホイザーそのもの。



ひらり、と空間を舞う手ですらエロティックさを漂わせるその姿に、途中で入ってきた私もすぐにその世界へと導かれる。



歌う澪ちゃんは生き生きとしている。その、太く低い歌声がホールの観客をグイグイと現実世界から物語に引き込むよう。



演劇が大好きで、それ故役にのめり込んでしまう澪ちゃんだからこそ、こうやって見る人をそちらの世界へ引っ張ることが出来るんだと思う。



純粋に向き合えるからこそ『タンホイザー』という人物に変わることが出来るんだ。



オーケストラ部の奏でる生音に合わせて、その世界を生きるように歌うその澪ちゃんの、いつもの猫背とは違うしゃんと伸びた背筋。



その姿に、言い様のない気持ちが込み上げて、悲しくもないのに涙がホロリ、と頬から落ちた。
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