それでも、僕は恋をする。
ガシャンと、破壊的な音がして我に返った。
とっさに直海さんと音のした方を見ると、そこには紅茶と茶菓子を床に落としてしまった母さんが立っていた。
しまった、と思った時にはもう遅かった。
母さんは、奇異の目を僕らに向けている。
明らかに、顔色が悪かった。
なにか、言わなくちゃ。
言い訳、言わなくちゃ。
すると、直海さんはすっと立ち上がり、母さんをまっすぐ見つめた。
「俺が悪いんです。俺の悪ふざけです。……すみませんでした」
直海さんは、深々と頭を下げた。
そうじゃない。
直海さんはなにも悪いことなんてしていない。
だけど、僕はそれを口にすることができなかった。
母さんの異様なものを見る目がとても痛くて、僕は直海さんの盾に隠れてしまった。
直海さんが散らばったティーカップの破片を拾おうと母さんに近づくと、
「……申し訳ないけど、今日は帰って」
と、母さんは目を伏せたまま少し震えた声でそう言った。
直海さんは、鞄をつかみ、「失礼します」と言って部屋を出て行った。
その場に残された僕は、とても気まずかった。
母さんは、黙々とフローリングにこぼれた紅茶を雑巾で拭いている。
僕は言葉を発するのが怖くて、黙ったままティーカップの破片を拾った。
「痛っ」
破片の先端で指の腹を切ってしまった。
滲み出る真紅の血。
僕の気持ちがどんなでも、血ってこんなに情熱的な色、してるんだ。
僕はしばらく、滲み出る血を眺めてしまった。