それでも、僕は恋をする。
結局、母さんは何もしゃべらないまま部屋を出て行った。
なにも語らなかったことが、すべてを語っているような気がして、僕は膝を抱えた。
どうしよう。
どう思ってるんだろう。
とてつもなく大きな不安に襲われた。
その時だった。
荒々しい足音が勢いよく近づいてきた。
嫌な予感がする、と思った瞬間、部屋の扉は乱暴に開けられた。
そこに立っていたのは、案の定、父さんだった。
帰宅直後にさっきの事件を母さんから聞かされたのだろう、父さんはまだスーツ姿だった。
その後ろに、不安げな表情を浮かべた母さんが立っている。
父さんは険しい顔で僕を睨みつけると、何の前触れもなしに、僕の頬を引っ叩いた。
「なにを考えているんだ!男色だなんて、気色悪い!」
「お父さん、ちょっ……」
母さんの言葉を遮るように、僕は部屋を飛び出した。
無我夢中で階段を駆け下り、靴に足をねじ込んで家を出た。
雨がしとしとと降り続いている。
なにも考えず、闇に飛び込んだ。
走った。
ただ、走った。
さっきの父さんの言葉を振り切りたくて。
「君島麟太郎」という人格を全否定された気がした。
雨のしずくが髪を伝って顔に滴り落ちる。
なにもかも流れてしまえ。
無になってしまえ。
いくらそう思っても、亡霊のように父さんの言葉は僕に纏(まと)わりついた。