相容れない二人の恋の行方は
「あ、いた。今時間いいですか?」
「はい……なんでしょう?」
「三日前に隣に越してきたものです。これ、どうぞ。使ってください」

 男性は引っ越しの挨拶に来たようだ。品物を差し出されたけど受け取るのを躊躇した。数日後には出て行く身だし、受け取っていいのかな。
 出て行くことを告げようとすると、「どうぞ」と少し強引に押し付けるように目の前に差し出され思わず受け取ってしまった。そっと男性を見上げると「そんなたいしたもんじゃないんで」と言ってこぼれるような笑顔を見せた。

「……ありがとうございます。三日前ということは、もしかして何度も訪ねてくださいました?」
「タイミングが悪かったみたいで。やっと渡せた」

 初対面にも関わらず人懐っこい笑顔を見せる男性は、同年代くらいで、長身。飾り気のないすっきりとした男らしい外見とハキハキとしたさっぱりとした口調はそのまま性格を表しているような気がした。

「わざわざ来ていただいたのに申し訳ないのですが……実は私」

 しゃべりながらひた向きな視線をひしひしと感じていた。会った時からやたらじっと目を見て話す人だ。人見知りな私はなかなか目を合わせられないでいた。
 実は私、もうじき引っ越す予定なんです、そう伝えようとした時だった。

「お姉さん、どこかで会ったことがあったっけ?」
「……はい?」

 その言葉に誘われるように目の前の男性を見上げたけど、心当たりのない私はただ首を横に振った。

「ほんとに? でも君みたいな子、一度会ったら忘れないと思うんだけど……」

 急に距離を縮められて、さらにまじまじと顔を見つめられびくっと身体を震わせる。男性はさらに身をかがめて顔を寄せるとニッと笑った。そして一言。

「タイプ」
「……はい?」
「名前なんて言うの? 歳は?」
「あ、あ、あの……私、近々引っ越しますので……!」
「まじで。じゃあ連絡先教えてよ」
「え? えっと……」
「スマホ、貸して?」
「ちょ、ちょっと……あの」
「それ、お尻のポッケに入ってるのそうだよね?」
「は……?」

 男性が指差す先の、自分のボトムの後ろポケットに手を添えるとスマートフォンがあることに気づいてつい取り出してしまった。するとあっという間に奪われてしまった。
 そして男性が目の前で二つのスマートフォンを操作すると、すぐに自分のスマートフォンが手元に返ってくる。

「じゃあね!」

 男性は呆然とする私を無視するように満足そうに笑うと、手を振って隣の部屋へと帰って行った。私はしばらくその場に立ち尽くしていた。

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