たったひとりの君にだけ
時刻はpm8:30。
ここは乗り換えなしの電車一本という利便さだ。
割りと混雑していた為、思いの外待ち時間を食ってしまったけれど、土曜の夜にしては充分早い時間だし、しかも明日も休みで余裕はある。
だけど、それでもさぁ、帰りましょう。
目的は無事終了しました。
でも、いつかのようにスーパーくらいには寄ってもいいよ。
「芽久美さんの行き着けは?」
脳内で割引になった惣菜がちらついたところで、自然と道路側を歩く彼に唐突に問い掛けられる。
「へっ?」
無意味に素っ頓狂な声を上げてしまった私に、何故か彼はクスッと笑う。
「なんスか、その間抜け声」
「……何よ、間抜けとは失礼な。で、なんだって?行き着け?ラーメン屋の?」
「はい、そうです。芽久美さんは行き着けのラーメン屋あるのかな~って」
無邪気な笑みを向ける彼は、本当に25歳という大人なのだろうか。
疑わずにはいられなくなるほど真っ直ぐな彼が眩しく思えて、夜道なのに目を逸らしたくなる。
だから、足元を見ながら、溜息混じりに答えてみる。
「……残念ながら、私、まだ行き着けってのがないんだよね」
恐らく、真横の彼ほど食べ歩いてはいないと思うけれど、そこそこの回数は稼いでいるわけで。
明らかに吐く一品じゃない限りは、一滴残らずスープまで飲み干すと決めている。(言うまでもなく、ラーメンはスープが命なのである)
それでも、2、3度の来店はあるものの、それはかなりの間隔を空けての為、行き着けとは到底呼べない。
だから私には、暖簾を潜って開口一番、店主に対して『おっちゃん、久し振り!』と気軽に声は掛けられるような店はない。