たったひとりの君にだけ

アナウンスが流れる。

そして、乗り込む前に、聞きたいことをひとつ思い出す。


「……ねぇ」

「なんですか?」

「最後、樹になんて言ったわけ?」


え、と聞き返す彼に、“優しい”私は噛み砕いて説明する。


「樹に、捨て台詞みたいな勢いで何か言ってたでしょ」


そして、そのまま私の手を引いて、見事に奴を置き去りにした。


「あれ、津軽弁でしょ?」

「えっ、芽久美さん、津軽弁わかるようになったんですか!?」

「まさか。なんとなくそう思っただけ」


考えてみれば簡単なこと。

12月23日と全く同じパターン。
だから気付いた、それだけだ。


「サバンナ、とか言わなかった?」

「へ?」


間抜け面がお目見えしたところで、思わず口を尖らせる。


「言ったじゃない。なんか長々と喋った後に、一息置いて『サバンナ!』って大声で」

「違いますよ!“サバンナ”じゃなくて“せばな”ですよ。なんスか、サバンナって。芸人ですか。俺、割と好きですけど。ブラジルの人聞こえますか~って面白いですよね」

「脱線させないで!だってそう聞こえたんだから仕方ないでしょ」

「耳掃除してますか?」

「してるわ!」


うるさい私達を、前に並んでいたサラリーマンがしかめっ面で振り返っても。
この際、気にしないでやり過ごしてしまおうと思った。
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