たったひとりの君にだけ

幸か不幸か。

当の本人は、洗い物をしっかりと完了させて、ちゃっかりトイレも借りて、私がその間にタッパーに詰め込んだチキンライスを何ら変わらない笑顔で受け取り、703号室に帰っていった。

そして、翌日にはタッパーを綺麗に洗って、レジ袋に入れてドアノブに下げていった。
『今から返しにいってもいいですか?』というメールに、部屋にいたくせに『外出中です。下げといて下さい』と返信したからだ。

嘘も方便とはまさにこのことだと思う。

だけど。


今思えば。

よく、あの部屋に二人きりでいられたなと思う。


何の抵抗もなしに迎え入れて、夕飯まで一緒に食べて、しかも何処かの絶品ラーメンじゃなくて手作りの有り触れたオムライスなんて。
呆れるというより恥ずかしくて笑えない。


一方で。
忙しない鼓動の所為で、冷静な振りをするのに苦労したなか。


あの後。

よく、普通に接していられたなとも思う。


ポーカーフェイスは得意だ。
無表情だねと笑顔で言われたこともある。
感情丸出しなんていいことはない。
いつだって冷静でいた方が物事はスムーズに進む。

だけど、素直なのはいいことだと思った。

私はその笑顔を、嬉しいと思ってしまった。



高階充は、遠い人なのに。



わかっている。

何もかも遠い人だと。
わかっているのに。

気付いてしまった。

気付かなければよかったのに。


頭が痛い。
胸が痛い。

あれからあまり眠れない。


こんなの初めてだ。
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