たったひとりの君にだけ

「ふうん」


ようやく聞こえたお馴染みの人事相槌も、もうどうでもよかった。

何も言い返さない。
正しくは、言い返すべき言葉が見つからない。


好きだなんて気付くんじゃなかった。

気付かなければ。
好きにならなければ。

こんな想いをすることもなかったのに。


そして、暫しの無言の後で、瑠奈が重苦しい溜息をついた。


「……芽久美がいいならいいんじゃない?」


間髪入れずにマスターにマティーニを追加注文する。
その言い草に、思わずカチンときたことに気付かない振りをしようと思ったけれど、目の前で瑠奈のオーダーを素直に聞き入れているマスターの行動にもむっとしてしまった。



「でも、こんなにバカだとは思わなかった」



そして、テーブルに突っ伏すどころか今すぐこの場を去りたい衝動に駆られていると、聞こえて来たのは明らかに呆れた一言だった。
内容ではなく、声色と息音を計算しての結論だけれど。


「な、なによ」

「だから、こんなにバカだとは思わなかったって言ってるの」


同じ台詞をもう一度口にされて、耳を塞ぎたいと本気で思った。
むしろ、この場限りで聴覚を遮断してしまいたい。


「ホントにバカだよ」

「何回も言わなくていいよ」

「学長賞、返して来たら?」

「別にいいよ、返したって。あんなの持ってたってなんの役にも立たないんだし」


対等に言い合いをする私達を、まあまあと言ってマスターが宥める。

瑠奈の言葉は言わば刃物だ。

鋭すぎる。
たった一言でさえ、今の私には破壊力がありすぎるのだ。

言われなくたってわかってる。

自分が思いの外バカなことなんて、この一週間で痛いほど自覚済みだ。
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