たったひとりの君にだけ

「失礼します」


2度目の礼儀正しい台詞の後で、トレーを手にこちらに歩いて来る。

手元から上がる湯気が彼のトレーナーの英字を更に隠す。
彼はナイトテーブルの上にそれを起き、自分はベッドサイドに腰を下ろした。


「ちょっと熱いかもしれないけど、持てます?」

「あ、うん、大丈夫、ありがと……」


決して大きくはない器を受け取る。

やむを得ず触れた彼の手は、熱っぽい私の手を僅かに冷やしてくれた。


「あ~んしましょうか?」

「バッカじゃないの」


けれど、その申し出は即答で完全拒否です。

しかめっ面もスルーも出来ず、留めて置けなかった心の声。
しかも速攻で切り返せた自分が信じられない。(一応病人扱いのくせに)

だけど、彼は豪快に笑う。
それはもう、耳に響くほどに。


「じゃ、それ食べたら薬飲んで下さい」


熱、喉、鼻の全てに利くよとCMのように顔の横で箱を見せる。
聞いたことのないメーカーだったけど、信じて飲むしかないと思った。


「さ、早く食べて下さい。じゃないとあ~んしますから」


なんだか冗談に聞こえなくなって来て、私は急いで口に含んだ。
冷ますのを怠った所為で喉を通すことが容易ではなかったものの、かろうじて口内に残った味を堪能してみる。

完全なる偶然。

それでも、私が一番好きな卵粥だったことが素直に嬉しかった。


「どうですか?」

「美味しい」


そして、ストレートに感想を口にした瞬間、失礼を承知でほっと胸を撫で下ろした。

同じくして、真横の彼もほっと胸を撫で下ろしたご様子で、ふうっと小さく息を吐く。
その姿を見て思わずクスッと笑みが零れそうになった。

そして、固形物ではないにしろ、何かが胃に落ちた感覚にうんと落ち着く自分がいた。
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