たったひとりの君にだけ
というおふざけを口にする余裕は時間的にない。
「……申し訳ございません、どちら様でしょうか」
だから、仕事用よりワントーン低い声で、至って冷静に聞き返した。
早く済ませなければ人気店ゆえ入れなくなってしまう。
朝から楽しみにしてたのだ。
それだけは極力避けたいと思うのが普通である。
それなのに。
若干の焦りを纏った私に対して電話の主は、予想外に、どこか嬉しささえ含んだような声色で、『相変わらずだな』と口にした。
何が一体相変わらずなのか。
わからないままに、首を傾げることもなく無言を貫いてしまう。
時間がないとわかっているくせに、なかなか強気に出られないのは少なからず不審に思うからであって。
誰だよ、ホントに誰だよ。
そう思うしか他にない。
そして、ふうっという軽い息音が聞こえた後で、電話の相手はようやく、こう、切り出した。
『なんだよ。お前、元彼の声も忘れた?』
その一言で。
というより、正しくは、その単語で。
自分の名前を一向に名乗る気のない、失礼極まりないこの男が誰なのかわかってしまった。