少女達は夢に見た。
自虐的な笑みを浮かべると、理由を教えてくれた。


辛そうに、笑いながら。

友紀ちゃんは自分で、自分のメンタルが弱い、と言った。


嫌なことがあったり、落ち込んだりすると、すぐに体調を崩してしまう、

だから自分の“これ”は、仮病ではないが、風邪でもないのだと。


病は気から。


まさに、そういうことだろうと思った。


これがなんの病気かと訊かれれば、病名なんて思い付かないが、


普通の人の“病は気から”とは、当てはまらないレベルにいることは、判る。


これは憶測だけど、カナンはこのことを知っていたんだと思う。


きっと、そんな意味も含めて“夏風邪”だと言ったのだろう。


それがカナンなりの優しさの表れ、のような気がした。


態度はあんなに冷たいくせに、思っていることはあたたかい。


開き直った態度を見せて、壁を作ってるくせに、根は優しい。


…一番近いものとして、うつ病の文字が頭をかすめる。


心配していたのは、私だけじゃなかったんだね…。


「なっさけないよね。どうか笑ってくだせー。蔑んでくだせー」


おどけたように、舌をちょこんと出して、眉を上げた。


笑えない。


笑えないよ。


一生懸命和ませようとしてるの?


ごめん。


どうしても、笑えない。

「そんなことしないよ」

私の情けなく揺れる小さな声に、友紀ちゃんは顔をひきつらせた。


「どーせ友紀はサボり魔の遅刻魔の、根性なしですよ」


吐き捨てるように言った。


「斉賀部長も、なんで友紀なんかを次期部長に指名したんだろうね?」


同意を求めるようにこちらを向くが、友紀ちゃんの求める反応は出来ない。


友紀ちゃんはそれにがっかりしたかのように、もう一度斜め下に顔を向けた。


「溝口ちゃんにすればよかったんだよ…。友紀なんて、いつも空回ってばっか」


そこまで言うと顔をうつ向かせ、“なんでいつも友紀なの…”と、蚊の鳴くような声で呟いた。


私の耳は、そんな小さな呟きだって、聞きこぼすことを許さない。


しかしそれを最後に、友紀ちゃんは喋らなくなった。


丸まった背中は、彼女をとても小さく、弱く見せていた。


壊れる寸前。


なんて脆いことだろう。

指先で触れてしまえば、そのまま小さな粒に分解されて、空気に溶けていってしまいそうだ。


触れてはいけないようなもののように感じた。


そして同時に、今すぐ触れて、粉々になり、舞い散る姿を見てみたくなった。


二つの思いは釣り合い、じりじりと互いを押し合う。


そして、私の右手はゆっくりと伸び、


中指の腹が彼女の、背中に、触れた。


微かな感触。


すぐに触れた指先を引っ込める。


彼女はまだ壊れてはいなかった。


いや。


彼女はまだ、


壊れることが、出来なかったのだ。


自分の右手こぶしを硬く握り、ためらいがちに開く。


今度は手のひら全体で、彼女の背中に触れた。


例えばお母さんが我が子を寝かしつけるときのように、


私の手は、触れて離してを、ゆっくりと、繰り返した。

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