愛を知る小鳥
「わかった。もう何も言わなくていい」

「なにも…なにもなかったんです…」

「あぁ、そうだな。俺が悪かった」

潤はカタカタと小刻みに震える美羽を抱きしめる手に力を込めた。美羽はそのまましばらく身を預け、何度も深呼吸をして息を整えると、やがて胸に手を置いて距離をとった。

「…何度も同じようなことで迷惑をかけてしまってすみません」

「気にするなって言っただろ? 何かあったときは助けるとも」

潤の言葉を聞いても美羽は顔を上げずに俯いたまま首を振り続けた。




その後必要ないと言い張る美羽を押し切る形で自宅へ送ることにした。
いつも車内で会話がないのは普通のことだったが、今日はどこか重苦しい雰囲気を感じる。美羽の放つオーラが拒絶の色に染まっているのが嫌でも伝わってくるからだ。戸惑う彼女を見たことはあるが、明らかな拒絶を示すのは初めてのことで、潤も焦りを感じていた。
そうして結局一言も口を開くことなくアパートへと到着し、この前と同じように階段下まで送っていった。

「それじゃあ、本当にありがとうございました…」

あれからずっと俯いたままの美羽はやはり最後まで顔を上げようとはせず、目線を下げたまま小さな声で呟くだけ。僅かな沈黙の後ぺこりと頭を下げると、階段を駆け上ろうと背を向けた。

「香月!」

気が付けば咄嗟にその手を掴んでいた。瞬間ビクッと肩を揺らした美羽は不安そうな顔で潤を仰ぎ見る。

「…何かあったら必ず言って欲しい。…頼む」

美羽は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに俯いて一言お礼を言うと走り去ってしまった。
潤は急に変わってしまった彼女にどうすればいいのか、ただただ戸惑うことしかできなかった。
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