愛を知る小鳥
ほぼ勘当された状態で結婚を押し切った意地もあり、母は決して実家を頼ろうとはしなかった。苦しい生活を支えるため、母親が夜の仕事に就くのは自然の流れのことだった。
夕方前に仕事に出て帰ってくるのは早朝。学校に上がってからは美羽とは完全にすれ違いの生活になってしまい、生活に必要なお金を置いていく以外は、ほとんど接点らしい接点もなかった。

何かひどいことをされたわけじゃない。むしろ何もされなかったと表現した方が正しい。
親子らしい触れ合いも記憶の中には何一つない。親戚づきあいも全くないため、参観日や運動会に誰かが見に来てくれたこともほとんどない。三者面談など、どうしても避けられない事情の時だけ母親として顔を出した。物心ついたころからそれが当たり前の生活で育った美羽は、子どもながらに諦めのようなものを覚えていた。

だがたった一度だけ、小さい頃に泣いて遊んで欲しいとせがんだことがあった。

『 誰のためにこんな生活送ってると思ってるのよ! 』

ほとんど残っていない幼少期の記憶の中で、今でも鮮明に覚えている一言だ。
あの時母は仕事帰りで酒に酔っていたせいもあるかもしれない。だがそれでも幼い子どもにとっては恐ろしいほど鋭い刃となって突き刺さった。

母に見捨てられては自分は生きていけない。
それ以降、美羽は子どもらしい我が儘を何一つ言うことなく、ひたすら我慢することを覚えていった。
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