明日、嫁に行きます!


「貴女は悪魔ね。美しい顔と躰で彼を惑わす、淫魔かしら?」

 顔に艶やかな笑みを浮かべながら、高見沢さんはカッターの刃を私に近づけてくる。向けられた刃先が陽炎のようにきらめく。私に迫る白刃の光から目が離せない。冷たい感触が頬に触れ、呼吸が止まった。

「……いやっ」

 瞬間、肉を裂く音が頭蓋に響いた気がした。切られた箇所が燃えるような熱を持つ。生暖かい感触が、とめどなく頬を伝い落ちてゆく。

「ああ、可哀想に。これでもう貴女は美しくない。総一郎さんに相応しくない」

 彼女の哄笑が室内に響く。

 ……この女、狂ってる……。

 覚めない悪夢を見ているように、私の視線が彼女に縫い止められる。

 ――――信じられない。

 彼女の狂気に吐き気がする。ポタポタと滴り落ちる鮮血が、みるみるコンクリートの上に血だまりを作ってゆくのを、視界の端で捉えてゾッとした。

「こ、んなことしても……鷹城さんは貴女を好きになんかならない! なんで……ッ!」

 私は叫んだ。
 彼女は何故わからないのか。
 狂気に駆られた愚かな行動は、私や鷹城さんだけでなく彼女自身をも傷つけ、結果、自らの首を絞めることになるということが。
 こんなことをしても、鷹城さんの心は手に入らないのに。
 分かっていて、それでも愚行を犯してしまうほどに、彼に囚われてしまったのだろうか。

「……アンタは、バカだ」

 ぽろぽろと流れる涙が止まらない。傷口にしみて凄く痛かったけど、止められなかった。

「わたしを愚弄するの? 泥棒猫の分際で? おかしいわ」

 愉しげに嗤う彼女には、もう私の言葉は届かないのだと心の何処かで理解する。
 でも、自分がしでかしたことの重大さに気付いて欲しかった。

「こんなこと、鷹城さんが知ったら、」

「彼が知るわけないじゃない。ふふふ。総一郎さんが大事にしてる貴女を、ボロボロにしてあげる」

 私の言葉に被せて、畳みかけるように言い放つ。
 高見沢さんはおもむろに立ち上がり、再び聡へと視線を向けた。
 いつの間に設置されていたのか、脚立の上にはビデオカメラが設置され、録画を示す赤いランプが点灯していて。

「……な、なに」

 恐怖に引き引き攣る声が、私の口から零れた。

「さよなら、斉藤寧音さん」

 清麗な面に狂気を滲ませて、高見沢さんは笑んだ。
 彼女の姿が扉の向こうへと消え去るまで、私は高見沢さんから目を離すことが出来なかった。

「寧音ぇ。お前、これからどうなるか、わかってるよなあ?」

 しゃがみ込んで私の髪を乱暴にわし掴んだ聡は、ニヤニヤと下種な笑みを浮かべながら問う。

「あの姫もえげつないことするよなぁ。こんなに綺麗な顔に傷つけるなんて。女の嫉妬は怖いねえ」

 楽しくて仕方ない。そんな嬉々とした表情で、敏は噛みつくようにして私の唇を奪った。

 ――――自由になんてさせない!

 私を捕らえる聡を引き剥がそうと、両手を突っ張り、足をばたつかせて抵抗した。

「うっせえな。オイ、押さえとけ」

「……ヤッ、放してッ!」

 精一杯足掻いた。四肢をばたつかせて、暴れた。けれど、複数で押さえつけられたら、どうすることも出来なくて。
 ビリッと服が引き裂かれる。悲鳴のようなその音に、私は絶望を感じた。
 身体は生命活動を維持していても、心はゆっくりと死ぬことが出来るのだと、肉体と乖離しようとする心が悟った。
 崩壊した涙腺から涙が溢れてくる。

「や……、め、て……触んないでッ」

「おい、見ろよ。コイツ、全身キスマークだらけ。……すげえエロい」

 嘲るような下劣な笑いに、カッと全身が熱くなる。

「首の噛み痕に、胸、脇腹……足の付け根にもあるぜ」

 ――――スゲエ数。

 聡の指が、鷹城さんに付けられた痕を辿る。
 その様を見て、喉を鳴らす男達に怖気が走った。

「こんなに慣らされたカラダじゃ、俺たち4人ぐらいじゃ満足できねえか?」

 敏の揶揄する声に、私を取り囲む男達から嘲笑があがる。複数の手が欲望のまま私の肌の上を這い回る。
 バックルを外す金属音に、意識がすうっと遠のきそうになる。
 四肢を拘束され無理矢理足を開かされて、もうダメだと諦めが私を満たした時だった。

「……なんだ?」

 突然、男達の手が止まる。私は固く瞑っていた目をふっと開いた。
 遠くからサイレンの音が聞こえてくるのが分かった。複数のサイレン。


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