明日、嫁に行きます!

 私の家はキリスト教だから、この天使像によく似たものは沢山ある。だから気になるんだろうか。
 じっと天使像を見つめる。そして、ふと気付く。
 これは、うちにあるものに似ているわけじゃないんだ。
 フランスにいるお祖母ちゃんちにあるものに似ているのかも知れない。でも、お祖母ちゃんちにある天使像の多くは、世間一般に流通しているものではないから、この天使像とは無関係だとわかる。
 あれは、お祖母ちゃんちのお隣さん、エメお爺ちゃんが趣味で作ってくれるものだから、二つと同じものはない。
 エメお爺ちゃんにもらった木彫りの天使像は、私の部屋にもたくさん置いてある。

 それにしても似てる……。 

 特に天使像の顔。
 エメお爺ちゃんが作る天使像の顔全ては、初恋の君に似せたものなのだ。
 ちなみに、エメお爺ちゃんの初恋の君って、私のお祖母ちゃんなんだけどね。
 お祖母ちゃんは日本人であるお祖父ちゃんと結婚しちゃったから、結局フラれちゃったんだよね。エメお爺ちゃん。
 なんて思いながら、後でこの天使像はどこで手に入れたのか鷹城さんに聞いてみようと、私はベッドから掛け布団を抱え上げ、仕事を再開した。

 ベランダに布団を干そうとしたんだけど。吹き抜ける風に『こっち来んな』とばかりにグイグイ押されて、足元がふらついてしまう。
 高層なせいか、風がめちゃくちゃ強いんだ。海沿いって言うのもあるんだろうけど、吹っ飛ばされそうで真面目に怖い。
 ちなみに、私は高所恐怖症。高いところが大嫌い。
 夜は真っ暗だったからよかったけれど、日が昇ったらここが高所なのだという事実を否が応にも知らされて、ゾクリと足が竦んでしまう。
 見なくて良いのに手すりの下をのぞき込むという自虐的行為をしてしまい、くらりとよろめき『見るんじゃなかった』と後悔する。そんな愚かな行動を取ってしまう私はMなのかと自嘲してみて、そうかもしれないと項垂れる。
 そして、物干し竿に布団を掛けるが速いか、私は逃げるようにしてベランダから室内へと駆け戻った。

 バクバクする心臓を拳で押さえながら鷹城さんに視線を移すと、彼は携帯で電話中だった。
 でも、鷹城さんの目が、常に私を追ってるから落ち着かない。
 視線が絡まり、彼の顔にふっと柔らかな笑みが浮かぶ。
 瞬間、胸の鼓動が一際大きく鳴った気がした。

 ……なんだろう。さっきベランダから下をのぞき込んだ時以上に、胸がバクバクいってるんですが。

 心なしか顔まで熱くなってくる始末。
 追っかけてくる鷹城さんの視線から逃走すべく、私はワタワタと駆け出すと、ゴミ袋を両手に持って玄関から飛び出した。

「……ったく、調子狂うわ」

 安心して「は――――っ」と、大きく息を吐く。
 監視されるようにしてずっと見つめられたら緊張するじゃない。彼が美形過ぎるのがいけないのかも知れない。美形と言っても王子様的なものではない。例えるなら、魔王様? ププッと吹き出してしまう。
 いつもは冷酷な魔王様然としているのに、不意打ちみたく見せられる優しげな笑顔にはもの凄い破壊力があると思う。
 緊張を強いられた後に見せる不意打ちの笑顔。
 なにこれ、飴とムチ的なものなのかしら。
 私、もしかして彼の掌の上で遊ばれてる? おもちゃにされてる?
 ムムッと眉間に深い皺が刻まれてゆく。

 そんな被害妄想に苛まれながら、私は両手に持ったゴミ袋を専用ダクトにポイポイッと放り込んだ。
 このマンションのフロアにはゴミを捨てられるよう専用ダクトが備え付けられてあって、わざわざ階下に捨てに行かなくても、そこにゴミ袋を放り込めばいいだけだから楽ちんなんだ。
 でも、こんなに楽ちんなのに、鷹城さんはそれすら出来ずに大量のゴミをため込むなんて、彼はどんだけ不精者なのか。
 仕事は出来るかも知れないが社会人としてどうなのかと、鷹城さんと膝をつき合わせてサシで討論したくなる。

「けど、あんなんじゃ、偽装とはいえ嫁は来ないかあ」

 人ごとだけれど溜息が漏れてしまう。
 その上、彼はゲイ様だ。
 本気で鷹城さんの嫁になりたいって女の人が現れても、彼の驚くべき生態を目の当たりにした瞬間、きっと尻尾を巻いて逃げてゆくだろう。
 まるで鷹城さんの母親になったような気持ちで彼の将来を慮《おもんぱか》っていた時、玄関先まで出迎えてくれた鷹城さんに声を掛けられた。

「寧音、外へ行きます。用意して下さい」

 突然そう言われ、「え?」と目を丸くした。

「ダメダメ、私は残るわよ。まだまだ仕事は山のようにあるんだもん」

「いえ、帰りに一緒に食事に出たいので。すぐに用意して下さい」

 有無を言わさないその態度に若干ムカつきながらも、逆らったら後が怖そうなのでしぶしぶ従うことにした。

「服は普段着でいいですよ。必要なものは、僕が全てブティックで揃えさせますから」

 彼の言葉にきょとんとしてしまう。
 え、なに、セレブリティなその単語。
 『ブティック』って、高額なブランド商品しか置いてないんじゃないの?
 特価・セール品なんて『なにそれ美味しいの?』って顔をして、『値切りなしなブランド価格ですが、なにか?』って威圧を掛けてくるところでしょ? 一般庶民お断りなイメージしかないんだけど。
 偏見にまみれたド庶民以下な私は、ムッと眉間に皺を刻む。
 ってか鷹城さん、貴方まさか、そんな場所に私を連れて行くつもりなの!?

 ――――ムリムリムリムリムリムリッ!!

 しかも、『僕が揃えさせます』ってセリフ、なんか愛人に貢ぐ男みたいでイヤだ。
 『贅沢は罪』と『自分のことは自分でやれ』をモットーにしてる大家族的思考が身体に染みついている私は、怒りの形相で否を唱えた。

「いらないし! やめてよね、そんな愛人にするみたいに扱うの! 自分の分は自分で揃える! 鷹城さんに揃えてもらう必要なんて一切ないっ!」

 服なんてね、着れたらいいのよ。私の部屋着なんて中高の時に着てたジャージなんだからね! 思いのほか着心地が良いから、凄い愛用してるんだから。
 それに、外出着なんて『しま○ら』や『ユニ○ロ』で十分事足りるんだから!

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