明日、嫁に行きます!
「先ほどは失礼しました」

 着替えて浴室から出た私は、申し訳なさそうな顔で謝る鷹城さんに苦笑した。

「ううん、私も叫んじゃってごめんなさい。お風呂あいたから、どうぞ」

 にこりと笑顔で返せた。ホッと胸をなで下ろす。
 浴室に鷹城さんが消えるのを見届けてから、私は朝食の準備に取りかかった。

 鷹城さん、朝食はパンよりご飯がいいって言ったから、冷蔵庫を開けながら献立を考える。コーヒーメーカーにコーヒー豆をセットして、私は調理を開始した。
 ちょうどコーヒーの良い香りが漂ってきた時に、シャワーを浴びた鷹城さんが現れた。

「おはよ。はいコーヒー」

「ありがとうございます」

 鷹城さんは私から淹れ立てのコーヒーを受け取ると、手にした経済新聞へと視線を落とす。

「ね、卵焼きは甘いのとそうじゃないの、どっちがいい?」

 卵入りのボールと菜箸を握ったまま、尋ねる。

「うーん。昔はよく甘いのを食べてましたね」

「じゃ、甘くするね」

 嬉しそうに微笑みを零す彼の姿に、トクンと胸が音を立てた。赤くなりそうな顔をボールに落として、何気ない風を装いながら、誤魔化すように忙しなく菜箸を動かしてかき混ぜ続けた。
 そうしたら、不意にカシッと聞き慣れた音がして、ハッと目を向ける。それは、煙草に火を付けるライターの音だった。
 鷹城さん、新聞を見つめたまま視線を外さず、ほとんど無意識にタバコを咥えて火を付けてたんだ。
 一緒に住んで分かったことだが、彼はかなりのヘビースモーカーだ。
 じっと新聞に目を落としたまま、口から紫煙を燻らせる姿はやっぱり格好いいなと素直に思う。でも。

「鷹城さん。忘れてる」

 ムッとした顔を作って、わざと睨みながら言う。

「あ、すいません。忘れてました」

 鷹城さん、ハッとした顔をして、タバコと新聞、そして、コーヒーを手に換気扇の下へと移動してくる。
 これは前に私が言ったことだった。
 タバコは換気扇の下かベランダで。
 鷹城さん、その約束をきちんと守ってくれてるんだ。
 居候の私の言葉もちゃんと聞いてくれる。
 素直に私のお願いを聞いてくれる彼の姿に、また笑みが零れた。

< 53 / 141 >

この作品をシェア

pagetop