明日、嫁に行きます!
「まだ高校生だった僕は、父の事業を引き継がなければならなくなり、喪失感と重責に苛まれ、耐え切れなくなっていました。――――そして僕は、それらから逃げ出したんですよ」

 自嘲するように、鷹城さんは静かに唇を綻ばせた。

「そんな僕に、幼い彼女はこう言いました」

 ――――天国にいるお父さんとお母さんと一緒に、天使様がお兄ちゃんを守ってくれてるから、大丈夫。フランスにいるおばあちゃんが言ってたの。疲れた人、重荷を負って苦しんでいる人がいたら、貴女が休ませてあげなさいって。だからわたしが、悲しくなくなるまで、お兄ちゃんを休ませてあげる。

「そういって、その子は小さな手で僕を抱きしめてくれました」

 私は目を瞠った。
 知ってる。私はその話を知っていた。
 その話の元は、昔聞いた『マタイの福音書』ではないだろうか。

「僕はあの時、幼い少女に救われました」

「……もしかして、この天使像」

 私は、自室にあるたくさんの天使像と同じ面差しをした、鷹城さんの天使像に、愕然とする目を向けた。

「はい。あの時の少女に貰いました」

 鷹城さんは真剣な眼差しで、じっと私を見つめている。
 私は眉根を寄せて、思い出そうとしていた。
 さび付いて開かない記憶の引き出しを無理やりこじ開けて、鷹城さんが話す『天使像』の記憶を探しまくった。
 けれど、どこにも見つからなくて。

「思い出しませんか?」

 その声に、ハッと顔を上げた。

 ――――鷹城さんは天使像をくれた女の子……私だと思ってるんだ。

 私の予想を肯定するするように、鷹城さんはきっぱりと言い切った。

「あの時の少女は、間違いなく寧音、貴女です」

 瞬間、頭の中が白く溶け落ちるような衝撃に襲われた。

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