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■ □ ■ □



「奈々子ちゃん」


目を開けた時、そこに居たのは澪だった。


「みお?」

「……奈々子ちゃん、大丈夫?」


心配そうに私の顔を覗き込む澪。



(これは夢?どうして、澪が私の部屋に居るんだろ……)

そう疑問を浮かべる私に、澪は心配そうな表情のままこう言った。


「奈々子ちゃん、覚えてないの?私が電話したら泣きながら出たんだよ。うわ言みたいに何か言って電話もすぐに切れちゃうし……その後何回も電話したけど出ないから心配で来たの」

「うそっ、ごめん、心配かけて……」


まだはっきりしない頭で、意識が途切れる前のことを思い出す。そうだ。澪からの電話が鳴って、無意識に出たんだっけ。


「ううん。私こそごめんなさい。玄関の鍵、掛かってなかったから勝手に入ってきちゃった……」

「やばっ、鍵閉めてなかった?ぜんぜん良いよ、ママが帰ってくる前で良かった。来てくれたのが澪で嬉しい」


そう言って、深く息を吐く。

澪が側に居てくれるからか、さっきの気持ち悪さも随分和らいだ。


「奈々子ちゃん熱あるみたい……。風邪薬かなにか買いに行こうか?なにか欲しいものある?」

澪の柔らかい手が私のおでこに触れた。
少しだけひんやりした手のひらが気持ちいい。


「ううん。なにもいらない。いらないから、側に居て欲しい」

そう言うと、澪は優しく頷いて。おでこに掛かった私の髪を梳いた。



「みお、ありがとう……」

「うん」


おでこから手をそっと離されると、布団をゆっくり被せられる。

瞼を閉じると、じんっと涙が滲んだ。
泣き顔なんて見られたくなかったのに、涙がボロボロと溢れてくる。


布団の隙間からあてもなく手を伸ばせば、澪はそれをぎゅっと握ってくれた。少しだけ冷えた澪の手のひらは、心地よくて優しかった。



「澪、あたし……っ」

「うん」

「あたし……っ」


言葉が詰まって出てこない。

涙がボロボロに零れて、うまく息も出来なくなる。


「なにか、話したいことがあるんだよね……? 大丈夫、私ずっと待ってるから」


ぎゅっと手のひらを握り締めながら、澪が優しくそう言った。澪の優しさが嬉しくて苦しくて、涙がまたボロボロ零れてくる。


空いた方の手で乱暴に涙を拭って。
のそりと起き上がり、深呼吸をして。それで澪の手をぎゅっと握り返した。



「……っ、古川、貴一さんって、いたでしょ」

「うん。陸くんの友達の……」


「あたし、あの人のこと好きだったの」





涙と一緒に零したその言葉は、

コーヒーみたいに苦かった。



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