1641
■ □ ■ □


声を上げて駆け寄ってきたのは、仁さんだった。

仁さんは、冷たい風が体に障るからと、メイドさんたちを呼んでお婆ちゃんをお屋敷の中へと連れていってしまった。


お婆ちゃんに「紋次郎さん」「千代ちゃん」と呼ばれたことを私が仁さんに話すと、仁さんは「大叔母様は、最近いつもああなんだ」と答えた。

80を過ぎた辺りから、どんどん元気がなくなって、最近ではよく昔の話ばかりするのだと。



「シキさんは僕の祖父と面識が?」

仁さんの話を黙って聞いていた貴一さんは、ふいにそう尋ねた。


「ええ。大叔母様と古川紋次郎氏は古くからのご友人でしたよ。おじいさまのフルカワの食器好きも、もとは大叔母様の影響だったのかも知れませんね」



(そうだったんだ……)


まったく知らなかった。そんな話。
私が生まれるずっとずっと前から、古川家と繋がりがあったなんて……。



「あの、千代さんって言うのは……」


思わず私がそう尋ねる。

すると、口を開いたのは仁さんではなく貴一さんだった。



「……千代は、僕の祖母の名前だよ」

「貴一さんの……?」


びっくりして貴一さんの方を見ると、貴一さんはうんと頷いた。



「千代さんは大叔母様の幼馴染です。身分違いの古川紋次郎氏との結婚も、大叔母様が後押ししたとか」

「そうなんだ……」




(なんだか素敵なお話……)


そうほっこりした気持ちになって話を聞いていると、複雑そうな表情をした仁さんが「ただ」と言葉を続けた。


「ただ、千代さんが亡くなってからは……絶縁状態だったそうで」

「えっ……」

「なんでも、紋次郎氏が千代さんが亡くなったすぐ後に愛人を作って子どもまでもうけたことが原因だとか……」

「えぇっ……!?」



(それって、那由多さんのこと!?)


仁さんの言葉に、私は思わず貴一さんの方を見返した。


「祖母さんが亡くなる前からも浮気はちょくちょくしてたけどね」

と、貴一さんが肩を竦めながらそう付け足す。


「浮気は男の甲斐性なんだって」

「……さいてー」



貴一さんの話に私は思わずそう言葉を零す。すると貴一さんは慌てた様に、

「祖父さんはそうしてたってだけだよ!僕は絶対浮気とかしないからっ!!」

と、そんなことを言ってきた。

ここまで信用出来ない言葉も珍しい。
だって貴一さんエロおやじだし。


(っていうか……そんなことは、あたしじゃなくて、お嫁さんに言えばいいのにっ)


なんて思って胸の内がムカムカした。


< 190 / 257 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop