ヒカリ


帰りのお支度が終わった子供達が、拓海の前に並ぶ。
拓海は子供たちの帽子のずれを直し、鞄をまっすぐしょわせた。


午後三時。
親達がベランダの外に並んで、子供達を引き渡してもらうのを待っている。


拓海は
「じゃあ、さよならしよっか」
と言うと、子供達をたたせた。


「先生、さようなら。みなさん、さようなら。またあした」
拓海は声をあげる。
子供達も拓海にならってさよならの挨拶をした。


ベランダのガラス戸を開け、一人ずつ親に引き渡す。

「またね」

そう言って、拓海は子供を最後にだきしめる。
子供達は、親を見るとぱっと顔を輝かせ、靴箱の前で懸命に今日あったことを話す。


子供は純粋で、美しい。
子供は、子供だと言うだけで、本当にきれいだ。
どうして人は成長し、大人になると、闇に犯されてしまうのか。


りなの番だ。
拓海はりなの顔を見て、それから顔をあげる。


迎えに来ていたのは、父親だった。


拓海の動きが固まる。


りなは敏感に空気を察したようで、不安そうに拓海の顔を見上げた。


「せんせい?」

「ああ、りなちゃん、またね」
拓海はそう言うと、他の子供にするのと同じように、りなを抱きしめようとした。


僕が抱きしめてもいいのか?


躊躇した。

りなの方から拓海にしがみつく。
拓海はりなを軽く抱きしめ、父親に引き渡した。


「明日から家族で旅行にいくんです」
父親が言う。

「そうですか」

「今日はその準備をしていたので、幼稚園に預けました」

「気をつけて、旅行を楽しんでいらしてください」
拓海は目を伏せた。

「拓海先生は、お仕事何時に終わりますか?」
父親が訪ねた。

まじめそうで、穏やかな顔立ち。
そういえば医者だと言っていたっけ。

「……七時ぐらいには」

「駅前のドトールコーヒーで、お待ちしています。少し、話をさせてください」
父親はそう言った。

アイロンのかかった開襟のシャツに、ブルーのジーンズ。
りなが父親の手を握りしめる。

「わかりました」
拓海はうなずいた。


ゆきの視線を背中に感じる。


今日でこの仕事も辞めなくてはいけないかもしれない。


拓海は覚悟した。

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