ヒカリ


午後一時過ぎ。
お昼寝の時間だ。


通常保育では、お昼寝の時間を取らない。
けれど夏期のお預かり保育では、みんな一斉にお昼寝をさせる。


クラスの照明を落として、子供達はタオルケットに包まる。
あんなに騒いでいた子供達も、しばらくすると静かになった。


蝉の声だけが聞こえる。


子供達と一緒に転がっていた拓海も、皆から寝息が聞こえ始めると身体を起こした。
ゆきも同じように身体を起こす。


担任を持つ先生たちは、職員室で会議中だ。


「今のうちに、水鉄砲を洗っておきませんか?」
ゆきが言った。


ふたりはかご一杯の水鉄砲をもち、園庭の隅にある水道のところまで歩いて行った。


ゆきが「よいしょ」とかごを下ろす。
そのときシャツがめくれて、ゆきの真っ白な背中がちらりと見えた。


ゆきが水道をひねると、ホースから水が勢い良く出る。
大きな桶に水をため、二人は砂だらけの水鉄砲を洗い出した。
拓海が砂を洗い流し、ゆきが乾いたタオルで水鉄砲をふき、かごにしまう。


お昼すぎの太陽は熱く、拓海の背中をTシャツの上からもじりじりと焼いた。
流れる水の冷たさが心地よい。


「拓海先生」
ゆきが言う。

「なに?」

「この間は、すみませんでした」


拓海は顔をあげた。
「なにが?」

「わたし……。話を聞くって言ったのに、あまりにもびっくりしすぎて、逃げちゃいました」

拓海は再び下を向く。
無言で砂を洗い流す。

「あの、もう聞く覚悟ができました。今度は逃げずに、全部聞けると思います。だから……」

「忘れてって、言ったじゃん」
拓海は冷たく言った。

「でも」

「いいんだ。人に聞かせるような話じゃないよ。巻き込まれないほうがいい」
拓海はそう言うと、顔をあげた。


ゆきが悲しそうな顔をしている。


拓海の心がずきんと痛んだ。


「できれば知らない方がいいってことあるんだよ。ゆき先生は何もしらない。その方が幸せなんだから」
拓海はそう言うと安心させるように笑顔を見せる。

「拓海先生は苦しんでる」
ゆきが言う。

「苦しんでなんかないよ」

「嘘」

「もう、自分の一部なんだ」
拓海はあきらめたように笑う。

「消えないし、忘れられない。そんなのは、僕だけでいいよ」
拓海はそう言ってから、結城のことを考えた。


僕ひとりじゃない。

あいつもだ。


「りなちゃんのパパに連絡しましたか?」

「してない」

「りなちゃんのパパ、本当に拓海先生のこと心配してました」


拓海は手を止め、ゆきの顔をじっと見つめた。


「俺のことを、殺したいほど憎んでる人だ」

「でも、そんな風には見えませんでした」
ゆきが言う。

「ゆき先生はいい人だね」
拓海は言う。

「嫌みじゃなくて、本当にそう思うんだ。人の……負の面を見ない。そんな風に自分も生きられたら、って時々思うよ」

「連絡してみてください」

「……」

「きっと……」
ゆきが言いかけるのを、拓海は首を振って遮る。

「ゆき先生は関わらない方がいい」
拓海はそう言うと、蛇口をひねって水を止めた。

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