ヒカリ


浴衣や甚平を着た子供達が、続々と園庭へと集まりだした。
あっという間に、園庭はにぎやかな子供の声で溢れ出した。


先生たちは皆ゆかたに着替えた。
ゆきもピンク色の浴衣に着替え、髪の毛を結い上げている。


ゆきの言葉が拓海の身体の中で響いている。


ゆきの言い分はもっともだ。
ただの同僚から、大金をもらうなんてこと、する訳がない。


拓海は溜息をついた。


ひまわり組からはおいしそうなソースの焼ける匂い。
父親たちが汗をかきながら大量の焼きそばをやいている。


「拓海先生、味見します?」
一人の父親が声をかけた。

短い髪に眼鏡。
がっしりした体格。
りくとの父親だ。

「はい」
拓海は笑顔でそう答える。
割り箸を持って一口食べてみた。

「おいしいですよ」

「本当? よし!」
りくとの父親がガッツポーズをつくる。
笑顔がりくとにそっくりだ。

「どんどん、売ってください」
拓海が笑いながら言うと
「まかせとけ」
と父親は答えた。


見上げると、茜色の空を飛行機雲が伸びていく。


心配していた暑さも和らいできた。
肌に感じる風がすずしい。


櫓から園庭を横切るように提灯が飾られている。
その提灯の明かりが灯った。


いよいよ夏祭りの開始だ。


拓海は太鼓を叩くため、櫓にのぼる。
叩く間だけ、拓海はTシャツにジーンズの装いだ。


拓海が櫓に立つと、子供達から歓声があがる。
拓海は緊張しながらも、ばちを持った手を上げて応援にこたえた。


音楽がスタートし、拓海は腰を落として太鼓を叩く。

ゆきの言葉が頭の中に何度もリプレイされるが、そんな雑念を振り切るように力強く叩いた。


櫓の周りで、子供達が輪になっている。
その周りに親達がカメラを構えて輪になっていた。


子供たちは一生懸命に踊る。
浴衣姿の先生たちも、子供達に混じり踊る。


ゆきが踊っている姿が見えた。

淡いピンク色の浴衣が似合う。
手を上げると細い腕が袖から見える。


拓海の胸がざわついた。


他人を自分の心に入れてはいけない。
誰かを愛しく思ってもいけない。
そんなことになったら、あの人に出会えなくなってしまう。
再びあの人に出会えると信じてたから、なんとかここまで生きてこれたのに。


ふと視線を感じた。

なんだろう。

拓海はリズムを取りながら、斜め前に目をやる。


父親の一人が、拓海をじっと見つめていた。

幼稚園児の父親にしては、少し年配の四十半ば。
白髪まじりの髪に、黒斑の眼鏡。
オフホワイトの半袖シャツに、紺色のスラックスという出で立ち。


あの人……。


拓海の鼓動が早くなる。


あの人、知ってる。


手が震えそうになるのを必死にとめる。


知ってる。
知ってる。
知ってる。


痛いほどの動悸。


その男性の隣には、りなの母親が立っている。
笑顔だ。


りなの父親。
そうか。
そうなんだ。


冷や汗が全身を流れ落ちる。


記憶の中の映像と、現実の映像が交互に現れる。
自分が今どこにいるのか、わからなくなってくる。


幸い、もう少しで、拓海の出番が終わる。
あと少し。
倒れる訳にいかない。


拓海は目を閉じて、懸命に現実に自分を戻そうとした。


なんとか最後までやらなくちゃ。


前半の踊りの終了を知らせるアナウンスが流れた。
拓海はバチを半ば投げるように置き、よろめきながら櫓から降りる。


はしごの最後で踏み外し、肩を打ち付けた。
その痛みもわからないほど、拓海は完全にパニックに陥っていた。


目を上げると、ゆきが拓海に駆け寄ってくるのが見えた。


「先生、大丈夫ですか?」
ゆきに支えられ、拓海は歩き出した。


りなの父親の隣を通り過ぎる。
視線を痛いほどに感じる。


憎しみの視線。

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