夜明けのコーヒーには 早すぎる
肴(さかな)その七 スイセイの孤独
 「ただいま」
 スイセイは、誰もいない暗闇に向かって言った。
 勿論、返事はない。
 場所は、スイセイが一人暮らしをしているアパートの自室。
 スイセイは、後ろ手でドアを閉めて鍵を掛けると、玄関の明かりを点けずに靴を脱いで自室に上がった。
 部屋の中は、完全なる暗闇と静寂に支配されている。
 スイセイは、ベッドまでゆっくりと歩いていくと、ベッドに仰向けに寝転んだ。
 眼を閉じて呼吸を整えると、眠気がじわじわと身体を這い上がってくるのを感じる。
 一人、か。
 スイセイは、心の中で呟いた。
 暗闇に浸っていると、自然に色々な考えが頭の中を駆け巡る。

 スイセイが、パートナーであるユウヤと別れて、三年経つ。以来、スイセイはずっとフリーだ。
 好きになる人に出会えない―というのも理由の一つだが、根本的な原因はユウヤとの別れにあった。
 だが、ユウヤを忘れられない、という訳ではない。
 心は疾(と)うに離れているし、寝食を忘れる程激しかった情愛も、今は露程もない。あるのは、愛し合っていた頃の甘美な思い出と、今も耳を離れない嘲(あざけ)りの言葉だけである。
 カミングアウト、か。
 スイセイは深く嘆息した。
 そんなに、カミングアウトが大事だろうか?
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