ここに在らず。
思考を止めたのは私の頬を伝った何か。温かかったそれは外気に触れてすぐに冷たいものへと変わり、それを私は指でそっと触れてみる。
「…涙?」
無意識にポツリと、私の口から言葉が零れた。
驚いた。人前で泣いたのは随分と久し振りで、まさかそれが今だとは思わなかった。昔から泣けば余計に叱られた分すっかり隠れて泣くことが当たり前になっていて、今では涙の存在すら忘れていたくらいで…。
するとその時、ふっと頭にあった温もりが消えて、私の意識はまた目の前の彼へと戻される。
…え?
どうやら、彼が近付いてきた事で、そしてかけられた言葉で、撫でられた感覚で、私の頭は一杯だったらしい。でも今ようやく気がついた。
彼が、私の事を見つめている。
私が見上げた先に彼の顔があった。フードを被っていたから離れている時は見えなかったそれ。でも今は、下から見上げた私には彼の瞳がしっかりと見えている。
それは二つの綺麗な灰色の瞳ーー。
「泣かないのか?」
「え?」
「涙が止まった」