ここに在らず。
あの日、彼が居たそのベンチ。私はそこに座って待っていた。
どれくらいそこに居たのか正確には分からないけれど、その時間は本当にあっという間の事だった。
静まり返った夜の空気の中、新たな音と共に入り口にピタリとついた黒いベンツ。
諦める他に、私に為す術はない。
車の後部座席に乗せられて、私は一人この先の事を考えた。もうこうして外に出られる事も無くなるかもしれない。そうだとしたら、今日は最後のチャンスだった。きっと今日で最後なのだと、私はこの時既に感じていた。
もし追い出すつもりであるのなら、こんなに早く迎えを寄越すはずがない。つまり、まだあそこで私の面倒をみるつもりはあるという事。だとしたらその分のペナルティ…お仕置きが、この後待っているという事。
私は両腕で自らを抱きしめる。ゾクリと、冷たい何かが身体の中を這うような感覚がした。怖いと思ったけれど、そんなの玄関を出る前から分かっていた事。そう。今更どうにもならない、仕方の無い事。