恋人を振り向かせる方法
これは夢か、現実か。
目を閉じられないまま、唇が離れてはまた触れる。
一体、私は何をされているのだろう。
自然と、拾った小物が手からこぼれ落ちていく。
その音に反応した海流は、ゆっくりと唇を離すと、テーブルの下を出ていったのだった。
そして私も急いで小物を拾い切ると、その後を追う。
テーブルから出た時には、海流は既にレジへ向かっていた。
「海流!」
小走りで駆け寄ったけれど、こちらを見てくれない。
それどころか、黙々と会計を済ませると、店を出て行ったのだった。
「海流ってば、待ってよ」
特に早歩きでなくても、足の長さが違うのだから、大股で歩かれると追いつけない。
小走りで後について行っていると突然、海流の足が止まった。
「愛来」
弾みでぶつかりそうになり、ギリギリのところで立ち止まる。
「何?」
背中に応えると、海流は振り向く事なく言ったのだった。
「思い出さないか?付き合っていた頃を」
「えっ?付き合っていた頃?」
海流は、何の事を言っているのだろうか。
心当たりが無くしばらく考えていると、海流は夜空を見上げた。
「よくさ、この道を歩いてたろ?」
「あっ!うん•••。歩いてた」
気が付けば、繁華街から抜け出て川沿いの道を歩いている。
ここは、小さな企業の事務所のビルが建ち並ぶ場所で、夜中になると途端にひとけが無くなる所だ。
そして、大きな通りを挟んだ先はホテル街になっている。
「あの頃は、ここを通ってホテルに行ってたよな。俺さ、いつも格好つけて余裕な振りをして愛来を抱いてたけど、本当は違った。いつも、ドキドキだったんだ」
「海流、私だって•••」
余裕なんて無かった。
ただでさえ自信がなかったのに、海流に抱かれる時なんて、より一層自分に自信が持てなかったのだ。
だけど、自信が無かったのは海流も一緒だったのか。
改めてそんな話を聞かされると、思い出も違って見えてくる。
「今夜の空と空気は、あの頃と一緒なんだよな。耐えきれずに、愛来にこの道でキスをした日と•••」
そう言った海流は、私の側に歩み寄った。
「愛来、さっき言ってたろ?敦哉さんを裏切れないって。だけど、愛来は最初から敦哉さんに裏切られてるんだぞ。何で、そこまで彼の為にするんだよ」
「放っておけないの。10歳も年上だけど、孤独に頑張る敦哉さんが放っておけない」
そう答えると、海流は責め立てる様に言ったのだった。
「じゃあ、俺は?愛来と納得いく別れが出来ずに、この三年間誰と付き合っても、心底好きにはなれなかった。そんな俺は愛来にとっては、すっかり忘れた存在なのかよ!」
海流が初めて見せる怒りに満ちた表情に、私の目からは涙が一筋流れたのだった。