恋人を振り向かせる方法


私の発言に、敦哉さんは言葉を失い、その場に立ち尽くしている。
そして、少し後ろに立っている海流は、頭が痛いとでも言いたそうに、呆れた顔で首を横に振っていた。

「敦哉さん、だから私たち、もう自分の気持ちに自由になろうよ」

「え?」

スーツ姿の敦哉さんからは何の違和感も感じられなくて、もしあの光景を目撃していなかったら、奈子さんを抱いた事など疑いもしなかったはずだ。
だから、良かったのだと思う。
あの場を目撃出来て。

「私、もう疲れちゃった。敦哉さんの恋人のフリをするのが。だから、もう自由になりたいの。敦哉さんも、本当に好きな人と一緒になったらいいよ」

敦哉さんは、何と言うのだろう。
息を飲み覚悟を決める。
罵倒されるだろうか。
それとも、軽蔑されるだろうか。
言葉を待っていると、敦哉さんは何も言わずに身を翻したのだった。

「敦哉さん?」

思わず声をかける私に、敦哉さんは背中を向けたまま言った。

「少し、冷静になって考えたい」

そして、部屋を出て行ったのだった。

「俺でも、冷静に考えたくなるよ」

海流は鍵を閉めると、ため息混じりに呆れた顔を向けた。

「仕方ないじゃない。海流だって言ってたでしょ?敦哉さんと、恋人関係でいるのはおかしいって」

「そりゃあ、言ったけど。だからって、あんな誤解させたままでいいのか?愛来は、俺と寝てなんかいない」

顔をしかめる海流に、努めて明るく言う。

「いいの!それくらい言った方が、敦哉さんも納得するでしょ?それに、私を襲おうとした罰で、海流にも巻き込まれてもらうから」

すると、海流は真顔になって私を見つめた。
さすがに怒っただろうか?
濡れ衣を着せられたのだから、当然といえば当然だ。
少し緊張気味に見つめ返す。
すると、海流はゆっくりと口を開いた。

「なあ、愛来。こんな時くらい素直に泣いたらどうだよ?」

「え?」

「泣きたいんだろ?泣けって、俺が受け止めてやるから」

海流はそう言うと、両手を広げて私の側へ来た。

「海流って、本当そういう優しさ変わってない。だけど、知らなかったでしょ?その優しさは、みんなを惹きつけるの。だから、私は付き合ってる頃、その優しさが嫌いだった」

「嫌いでも何でもいいよ。俺は今、愛来を抱きしめたい。そう思ってるだけだから」

何を言っているのよ。
それは反則だって。
こんな気弱になっている時に、そんな事を言われたら•••。

「海流のバカ。優しくするなんて、ズルイ。堪えきれなくなっちゃったじゃない」

海流の胸に飛び込むと、体を優しく毛布でくるんでくれた。
今ここに、海流がいてくれて良かった。
思い切り泣ける場所と、それを受け止めてくれる人がいる。
それだけで、だいぶ気持ちは満たされるから。
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