恋人を振り向かせる方法


「おいおい、さすがに食い過ぎじゃないか?」

「いいの!だって、ストレスが溜まるばかりなんだもん」

ここ最近、仕事終わりに海流と食事に行く事が、すっかり習慣になっている。
ちなみに、今夜はカジュアルなイタリアンのバイキングだ。
敦哉さんとは、仕事上でも口をきく回数が減り、さすがに周囲にも悟られた。
そして、私たちは別れたのだと、噂が一気に広まったのだった。

「ストレス?仕事で何かあったのかよ?」

「仕事というより、職場?環境がさ、最悪なの。同期の亜由美には、シカトし続けられるし、仕事も営業さんから干されるし。営業サポートが仕事なのに、全然仕事にならないのよ」

ピザを頬張りながら愚痴る私を、海流は呆れた顔で見ている。

「それにしても、愛来はやっぱり変わったよ。付き合ってた頃は、こんな風に感情を出すことなんて、ほとんど無かったもんな」

「私、そんなに変わった?」

「変わった、変わった。何でだろうな」

何でと言われても分からない。
そういえば、再会した時から私が変わったと言っていた。
だけど、私の中ではどうでもいい質問で、聞き流していたのだ。
そして今も、正直どうでもいい話だ。

「それよりさ、私ね仕事を辞めようと思うんだ」

「ええっ!?辞める!?」

思った以上に過剰反応な海流に、私は目を丸くした。
そんなに驚く様な事だろうか。
すると、海流は食べる手を止めて身を乗り出してきたのだった。

「そんなにサラッと言う事かよ」

「サラッと言う事よ。何で海流がそんなに驚いてるの?」

口を尖らせた私に、海流は目を見開く。
驚きで言葉もすぐに出ないらしい。

「俺、愛来が変わったのって、仕事をしてるからだろうと思ってるんだ。きっと、会社ではそれなりに評価されてるんじゃないか?」

「うん。まあ、それなりには。だからこそ、今の孤立状態が辛いのよね」

だから考えた挙句、退職を決意したというのに、まさか海流にここまで驚かれるとは思わなかった。

「だろ?きっとそれが自信に変わって、愛来は変わったんだと思う。それに、職場で敦哉さんに出会ったんじゃないか。いいのかよ、簡単に辞めて」

まるで、必死に退職を引き止められている感じがして、どこか違和感を覚える。

「何で、そんなに必死なの?海流、私と敦哉さんが別れたのが嬉しくないの?」

真っ直ぐ見ると、海流は目を泳がせた。
明らかに動揺している。

「嬉しいとか嬉しくないとかじゃなくて、今の愛来を作ったのは会社なのにって言いたいんだよ」

「なーんか、怪しいな。言っている意味が、よく分かんないし」

すると、海流はますます目を泳がせている。
何かを隠しているのか?
もう少し問い詰めてみようとした時、海流の携帯が鳴った。

「あれ?高弘だ」

「高弘さん?」

高弘さんと聞くと、つい敦哉さんを想像するけれど、そういえば海流とも従兄弟だった。
不審そうに電話に出た海流は、話の途中で青ざめている。

「それで?ああ、ああ」

何かを確認しながら、時折私に目を向ける。
その雰囲気から、ただ事ではないと確信した。

「何かあったの?」

電話を終えた海流に、恐る恐る聞いてみる。
すると、一呼吸置いて答えてくれたのだった。

「奈子さんが、家出したらしい。今、みんなで探してるそうだ」

「ええっ?奈子さんが?」
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