君の温もりを知る


「日馬起きろ!もう皆飯食ってっぞ!」

「…んん、眠いよ明日兄ちゃ……」

「だから遅くまでゲームするのやめろって
言ってんだろ!いい加減学習しろ!」

「わかった、わかったから…
朝から騒ぐのやめて…」

「とか言って毎日毎日…」

「兄ちゃん、醤油どこー?」

「あ、日菜待ってろ。今行くから」

「明日兄ちゃん、姉ちゃん達には
優しいんだよね。差別だよそういうの」

「あ?六歳がもの言うじゃねえか…。
お前達弟二人がしっかりしねえからだろ」


未だに布団から顔を出さない日馬を
力づくで引っ張り出し、ドアの隙間から
俺を待つ日菜の元へ急ぐ。

瀬川家の朝は忙しい。

姉ちゃんはさっき俺が朝飯作ってる時に
帰ってきたし、母さんに至っては
俺が最後に家を出てから帰ってくる。

必然的に、家事全般は長男の俺の仕事。


「あ、明日兄ちゃん。
日馬が味噌汁こぼした」

「はあ?くっそねぼけんじゃねえよ…。
日菜悪い、タオル持ってきてくれ」

「はーい」

「…日馬、何か言うことは?」

「………ごめんなさい」

「よろしい。ほら、こっちで新しいの
食っとけ。お前が一番遅えんだから」


やっとリビングにやってきたと思ったら
すぐに大胆にやらかした日馬の
寝巻きを脱がせて、日菜が持ってきた
タオルで後片付けする。

上半身裸の日馬は、しょぼくれた様子で
飯を食べ始めた。


「兄ちゃん、行ってきまーす」

「あ、早いよ朝日兄ちゃん待って!」

「はい、いってらっしゃい。
二人とも忘れないようにな。特に朝日」

「わかってるよ」

「大丈夫だよ。日菜がチェックしたから」

「妹の方がしっかりしててどうすんだ」

「っせーな!早く行くぞ、日菜」

「明日兄ちゃんいってきまーす」

「気をつけろよー」


残るは日馬一人、か。


「食い終わったかー?…ってまた
卵の黄身だけ残しやがって…」

「…だって、こいつキモい……」

「お前、ヒヨコにもニワトリにも謝れや。
目玉焼きの黄身だけ残すとか
面倒いことすんじゃねえよ、ほら」


器用に残された黄身を箸で掴んで
嫌がる日馬の口に無理やりぶち込む。

嫌いな物はちまちま食うより一気に
食った方が楽だろうという兄の優しさを
少しでも感じてくれればいいんだが。


「ごちそうさま、は?」

「……ごちそうさま」

「はい、お粗末様でした」


頑張って飲み込んだご褒美に食器は
俺が直々に片付けてやって、その間にと
日馬を着替えに行かせる。

俺もエプロンを外して、朝飯を
作り始める前に洗濯機を回しておいたので
ちゃちゃっと干して、未だにボタンに
苦戦する日馬の元へ。


「…ほれそこ、かけ間違えてるぞ」

「あ!ほんとだ!」

「……しょうがねえな。貸してみろ」


本来なら特訓がてら自分でやらせなきゃ
いけねえんだが、
如何せん今は時間がない。

俺がぱっぱとやってしまって、
幼稚園のカバンも肩にかけてやる。


「さ、行くぞ」


あらかじめ持ってきておいた俺のカバンを
手に取り、日馬の手を引く。

玄関を出て、いつもと同じ道を通り
そのまま幼稚園に行くはずだった。

が、途中日馬が不意に足を止めた。


「…どうした?」

「明日兄ちゃん、今日はここまででいい」

「…は?なんで?」

「兄ちゃんも早く学校に行けた方が
いいでしょ?やりたいこともあるよね?」

「別に今はいい」

「今日は僕、そんな気分なんだ」


まだまだ年相応に手間はかかる日馬だが
うちの家計を感じてか
あれが欲しいとか、あれがしたいとか、
そういうのはあまり言わなかった。

運動以外の趣味であるゲームも、
半年に一本買ってやるかやらないかで
それをひたすらやりこむ男だ。

そんな日馬が珍しくあまりに真剣に
物を言うものだから、

ーーー俺はその手を、離してしまった。


「ありがとう。じゃあね」

「ああ、気をつけろよ」


ここから先は車通りも少ない。

横断歩道もないし、
間違えるほどの曲がり角もない。

大丈夫だろうと、俺は見送った。

後に俺は後悔する。

なぜこの時俺は、この小さな男の子の
『寂しい』のサインに
気づいてやれなかったんだろう、と。


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