花嫁指南学校

「いいえ、それはできないわ。もう遅いのよ。あの地点に戻るには遅すぎるのよ。それに私、今の仕事が気に入っているのよ。地元の企業で秘書業務に従事しているんだけど、私はもはやあの組織の歯車の一部になりつつあるの。あそこの社長がシングルマザーの私を拾ってくれたのよ。大恩ある社長や同僚の皆のことを思うと、あそこをかんたんに辞めることなんかできないわ」

 この時はまだ第一秘書の中川との結婚話は出ていなかったし、彼とはただの同僚として付き合っていた。中川に対してはむしろ仕事を教えてくれたことに恩義を感じていた。

「僕の出る幕はないということだね」

「ええ、ごめんなさい。あなたは全然悪くないわ。誰も悪くないのよ。ただ、私たちの運命の道が二手に分かれて伸びていただけなのよ。あなたはあの子の父親なのだから、いつでも会いにきてちょうだい。でも、私たちはあなたについていかない。せっかく金一封を持ってきてくれたけど、あれを受け取ることもできないわ」


 青年は否定の言葉を受け入れるのに苦心している。橋の上で腕を組んだまま少しの間何も話さなかった。しばらくして彼は口を開いた。

「君の答を聞いてとても残念だ。すぐにあきらめる気にはなれないけどひとまず東京に帰るよ。考えが変わったらいつでも電話してくれ。僕はずっと君たちのことを待っているから」
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