花嫁指南学校

「うそうそ、聞かせてー。その子は何をしちゃったの?」

 恵梨沙の口ぶりからその同級生がしたことはとんでもない失態だったことがうかがえる。

「彼女はこの前の三月にカメリアを卒業したんですね。私は学園に残りましたけど、大半の学生は在学中に知り合った見合い相手と結婚します。彼女も歯医者さんとの結婚が今年の六月に控えていたんです」

「うんうん、それで」

 志穂美は好奇心いっぱいの目で恵梨沙を見る。

「ところが挙式前になって別の男性と電撃的な恋に落ちて、結婚をドタキャンしてしまったんですよ。結婚式の一ヶ月前くらいかな。相手は婚約者の親友で、都内の大きな開業医の跡取り息子なんです。彼女は歯医者と別れ、その友達の医者とあっという間に結婚してしまったんです」

 志穂美の反応を期待して恵梨沙はにやりと笑う。

「ひえー! それはたまげる話ね!」

 酔っていた志穂美は素っ頓狂な声を上げた。

「上昇志向の強いおたくの学生が歯医者から医者に乗り換えたってわけね。しかも二人の男は友達同士でしょ。それって『学園伝説』になりそうじゃない」

 恵梨沙は志穂美に学園伝説の話をしたことがある。

「そうなるでしょうね」

「その女の子ってのが、うちの学生の中でもとりわけ上昇志向が強い野心のかたまりみたいな子だったんです。それだけに彼女が男を乗り換えたってのは、周りの人間にはさもありなんと思えることだったんですよ。なにしろ、片や歯医者の方は地方出身者で、医者の方は都心の大きな開業医の息子だから、彼女はどちらが美味しい男か天秤にかけたんですよ」

「絶対にそうよ。女の一生がかかっているもの。田舎の小金持ちと結婚して一生田舎暮らしをするのと、東京の一等地で名門の奥方として暮らすのとじゃ大違いよ。ましてそういう子だったらなおさら計算するわよ。私もびっくりだわぁ。それにしても、そんなどたん場で結婚をキャンセルしたら、婚約者とその一家の顔に泥を塗ることになるでしょう。結婚式にお客さんを招待していたわけだし。その子もただでは済まなかったわよね。結婚式場にキャンセル料を払わないといけないし、婚約破棄で慰謝料を請求される場合も出てくるわけだし。彼女に投資していた学校だって怒るでしょうに」
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