花嫁指南学校
 しばらくして佐島が口を開いた。 

「あなたの言うことはわかりました。あなたが私の言うことに易々と折れるとは、もとより思っていませんでした。私は教員として教え子の夢を挫くべきではないと考えております。そこまで言うのならあなたの好きなようにおやりなさい。あなたのその頑固さをこれから取り組む受験勉強にも反映させるのですよ。それからこれはあなたが自分から言い出したことなのですから、受験に際して生じた問題については自分で責任を負うこと。わかりましたね?」 

 佐島学長はさらに言葉を続ける。

「これから医療専門学校受験に専念するとのことですから、本学における科目は必要最低限の単位数を取れば良いことにします。まあ、あなたのことですから、すでに多くの単位が修得済みですけどね。もちろん、お見合いパーティーなどの行事に出る必要もありません。あなたは来年専攻科に進むつもりだと言いましたが、そこでも本学の課程をこなさなければなりませんから、あなたの場合は進まない方がいいでしょう。さりとて宿無しになるわけにもいきませんから、あなたにはTA、すなわちティーチング・アシスタントとして後輩に本学の科目を教えてもらいます。あなたは確か語学が得意でしたから、外国人教員の助手として英語総合の授業を担当してもらいます。あなたも受験勉強で忙しいでしょうから、担当するのは週四単位程度で結構です。授業準備は主に外国人教員がやってくれます。あなたも一応教員になるのですから教員住宅に住まわせてあげたいところですが、TAは正式な教員ではありませんので引き続き白椿寮に住みなさい。そういう方向でよろしいですか」

 白椿寮というのは短期大学部の学生寮である。

「学長先生! 何と申し上げて良いのやら……私にはこれ以上の厚遇は考えられません。どうもありがとうございます!」

 恵梨沙は深くおじぎをする。

「入試に向けて最善を尽くすのですよ」

「はい!」

 胸の鼓動が高鳴っている。興奮のあまり、恵梨沙はどのようにして学長室から出たのかわからなかった。ちゃんと退室のマナーを守ったかどうかわからなかった。寮にある自分の部屋に戻るまで意識が空の上を浮遊していて、体の中が留守になっていた。
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