花嫁指南学校
 その夜、恵梨沙は布団の中で昔のことを思い出していた。中学一年で椿の園に入って以来、心の中にずっと封印してきたものを解き放った。彼女は今、八年前に他界した母親のことを考えていた。

 市営住宅の狭い一間に肺病を患った母親は一日中横になっていた。光熱費が払えないせいで、冬でも暖房のきいていない部屋だった。母親は男にだらしがなくて生活能力の無い女だったが、娘を愛していたことは確かだった。

 ゴホゴホと重い咳をしながら母親は恵梨沙にしきりに謝った。

「ごめんね、恵梨ちゃん。ママ、こんなになっちゃって。あたしは恵梨ちゃんにだけは幸せになってほしいのに、辛い思いをさせてごめんね」

 重い病気にかかって辛い思いをしているのはママの方なのにと恵梨沙は思った。

 過去を振り返って、あの時何か母親を救う手立てはなかったのだろうかと、恵梨沙はつくづく思う。無力な子どもだった自分が歯がゆい。
 
 貧しさゆえに十分な医療を受けられなかった母親は、恵梨沙の看病も空しく数ヵ月後に息を引き取った。
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