花嫁指南学校
 最近のナズナはもっぱらネズミ色のリクルートスーツを着ることが多い。このスーツは学園の進路指導部から貸与された新品である。普通の体型の学生なら衣装部からリクルートスーツを貸してもらえるが、彼女のサイズは衣装部屋になかったので、進路指導部が新たに大きいサイズのスーツを注文してくれたのだ。学園の学生には一着数万円もするスーツを買う余裕がないので、衣装部に代わって進路指導部がナズナに便宜をはかってくれたのだ。この学園においてデブであるということはこういう点においても不便なのである。

 Lサイズのスーツを着て企業訪問を重ねるも、内定は一つも取れなかった。折しも数年来の不況のせいで新卒大学生の就職率は六割を下回っている。不況のあおりをくらってナズナの就職活動も難航していた。資料請求のメールを何十枚と送っても返事が来るのはほんの数社である。たまに面接にこぎつけても、面接官に「どうせ君たちの学校ではお見合いができるんでしょ」とか「カメリア女学園出身ということは数年後に寿退社をするつもりなのかね? 我が社はキャリア志向の女子学生が欲しいのだよ」などと言われてしまう。一般の学生たちと同じ就職戦線で戦うとなると、花嫁修行の学校だと思われているカメリア女子短期大学の学生は不利なのである。

 逆に、企業の方からカメリアに求人を出す場合、その企業は職場の花や社員の結婚相手を求めている。こういう求人を出すのは昔からある大企業で一般職を採用している所だ。ところが、ナズナがこういう企業にエントリーしても、そのルックスから職場の花にはなりえないと判断されて採用を断られてしまう。優れた成績を持つ体育会系の学生に向けた求人と同様、この手の求人は特殊な枠なのである。企業の求める人物像でないとその小さな枠の中に入ることはできない。

 一般の学生と違ってカメリアの学生たちの貧しい親や親族にコネは無い。ひとたび学園の外に出てしまうと、格差社会において非常に弱い立場に身を置くことになるので、カメリアの学生たちは在学中に精一杯行き先を探すのだ。もしこのまま三月まで行き先が決まらなければ、ナズナは路頭に迷って自らも学園伝説の新たな登場人物になるだろう。
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