花嫁指南学校

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 私立カメリア女学園の学長室の重厚なドアを一人の訪問客が叩いた。若草色の訪問着を着た白髪の婦人である。

「これはこれは松若の奥様。私どもの所へご挨拶にきてくださるとはなんとご丁寧な」

 学生から「陽子女帝」と呼ばれて恐れられている佐島陽子学長は、教壇の上では決して見せないような恭しい態度で客を迎える。客人はカメリア女学園が所在する町の大店、松若呉服店の女将である。一昨年、店では先代から跡取りの若旦那に代替わりをしたところだ。佐島は松若夫人をソファに通し事務員に茶菓を持ってこさせた。


「学長先生。この度はうちの息子の史朗に良い結婚相手を見つけてくださってどうもありがとうございました。息子がやっと嫁を取る気になって夫もたいそう喜んでおります」

 松若夫人は丁寧に頭を下げる。

「奥様にそう言っていただけると私どももうれしゅうございます」

「なにしろうちの息子は、今まで私たちがどんなに結婚を勧めても、どんなに素晴らしいお嬢様を紹介しても、決して首を縦に振りませんでした。それがお宅の沓掛陶子さんとの縁談には大変乗り気で、彼女と会うなりすぐに結婚を決めてしまうのですから驚きました」

「あら、それは結構なことではありませんか」

「ええ。でも私、こんなに話がトントン拍子で進むとかえって不安になりますの。あの頑な息子がどうしてそこまで変わったのか不思議でしょうがないのです」

「きっと沓掛さんと気が合ったのですよ」

「そうでしょうか。私も人の親ですから若い学生さんの身になって考えてしまうのです。今更こんなことを言うのはおかしいと思われるかもしれませんが、彼女はあの子と結婚して本当に女としての幸せをつかめるのでしょうか」

「何をおっしゃるのですか。若旦那様はとても立派な方ではありませんか。彼女はきっと幸せになりますよ」

「そういうことではないのです、先生。私は息子の人柄のことを申しているのではありません。夫は気づいていないのですが母親の私にはわかるのです。あの子は……」
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