マッタリ=1ダース【1p集】

第15話、人類の遺産

「それは『アナフィラキシーショック』じゃないかっていう話でしたよ」

 夕方の通勤電車に揺られながら、吊革を持った二人の男が話している。

「何ですか、それ?」

 眼鏡を掛けた背の高い方が、チェスの駒のような小さな方へ聞き返す。

「瞬間的なアレルギーらしいんですよ。ある日突然、体が反応を起こす……原因は不明なんですがね。運悪く喉が腫れて圧迫すると息が出来なくなるし、気道の確保をしないと、窒息死なんてこともあるそうですよ」

「そうなんですか。全身に現れたじんましんといい……寝ている時に、寄りによって喉が腫れて死に至るなんて、どれだけ運の悪いことか」

「でも、実際にあることなんですよね。有り得ないことじゃないですから……」

 小さい男の話に、二人は暫く沈黙する。その沈黙を破ったのも、小さい方だった。

「簡単に言えば、人間のマージンが失われていったと言うところですか……」

「それなら当然、いつかは地球に住めなくなりますよ。床に落ちた食べ物を拾ってはいけない。それがテーブルやトレイに落ちたものまで拾わなくなる。抗体を持たない人間……生きては行けないですね」

「生きるには……やはりある程度の汚れと言いますか、それによる抗体が必要だと思うんですよ」

「同感です」

 二人が話していると電車が停車し、ドアが開く。外の世界は、人類が積み上げたゴミの山だった。

「こうして改めて見ると、本当に人類は愚かですよね。せっかく素晴らしい文明を築きあげたのに。あっ、すみません。お先に失礼します」

 背の高い方が挨拶をする。

「人類は愚かかもしれませんが、我々も同じ轍を踏む訳にはいきません。だから、それを教えてくれた彼等に、むしろ感謝するべきでしょうね」

 背の高い男が低い男の話を最後まで聞き、そして下車する。

「それも、……同感です」

 そう言うと、扉がピシャリと閉まった。

 再び電車が動き出すと、残された男が呟く。

「我々が到着した時、もう、貴方達はいなかった。私達は間に合わなかった。語り合えなくて、本当に……残念です」

 夕陽に赤く染まった世界が、延々と続く。滲みだすように、ほろり、一筋の涙が彼の眼球から溢れる。

 その行為は、まさに人類そのものであった。
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