マッタリ=1ダース【1p集】

第42話、待ち人

 夏休みも後半戦に差し掛かったある日の朝。駅に繋がる陸橋の階段を上がり、それが構内に差し掛かるちょうど手前のところで、彼女は誰かを待っていた。

 上品な白のブラウスに藍色の半ズボン。日焼けしてしまうのが勿体ないぐらいの膨らんだ白い腿と腿を、時折、ぎこちなくからませ、淡い茶色に染まった髪をふんわりと揺らす。少し大柄な彼女は、眩しそうに、通行人の姿を追っていた。

 やはり、誰かと旅行にでも行くのだろう。足元にキャスター付きの薄いピンクのスーツケース。その硬い表面に、彼女の踵がコツン、と当たる。

 イライラしているというより、むしろ不安が上回っているようで、背筋を伸ばしたものの、いつ、フッとため息がこぼれてしまいそうな脆さ。

 多分、彼……が、来ないのだろう。いや、彼、というには、まだおこがましいのだという彼女なりの答えなのか?

 謙虚さが、彼女から滲み出ている。もともと生まれ持った余りある好奇心は影を潜め、不安で心配で堪らないばかりか、これから起こるであろう全ての出来事が、怖くて仕方がないのだ。

 彼女の前には、沢山の通行人がいた。学生などとは違い、仕事が始まった彼らは、誰一人として彼女を思う余裕などない。

 しかし、一生懸命な彼らにしても、決して平坦ではない大人への道のりとして、青春を過ごした筈なのだ。彼らとて、命が尽きる前に、どこかで立ち止まる時も来るだろう。

 彼女が誰かを待っているのとは対象に、彼らは今、走っている。走り続けている。その頃の青春がどれ程のものなのか、僕には皆目見当も付かないが、人それぞれだとしても、何も残ってはいないということは、ないだろう。

 誰も傷付けたくない。
 そして、傷付きたくない。

 そんな思いを孕みながら、彼女に託された時は、無情にも過ぎて行く。


 僕は彼女にゆっくりと近付くと、その前を爽やかな風のように通りすぎる。彼女もまた、僕の姿を目線で追う。

 僕の背中を観察して、彼女が投影するものでないことに気付いた時、今以上に胸が締め付けられてしまうのだろう。しゃがんでしまいそうな彼女の沈んだ表情が、目に浮かぶ。

 決して携帯を手にしようとしなかった彼女。そんな彼女に、夏という季節は、どんな答えを突き付け、思い出を刻むのだろうか。

 僕は、知りたい。
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