もう、明日がないなら…
(何だろう… この胸騒ぎは…)

 ひどい動悸に、眩暈をおこしそうだった。まだ朝食をとってない胃は空っぽなのに、何かがこみ上げできそうになり、気持ちが悪い。まるで、ほんの目の前でさえも見通すことのできない霧の中に迷い込んだように、よろよろとしながら、廊下を歩き出した。

(お茶でも飲んで、落ち着こう…)

 手すりに捕まりながら、ゆっくりと階段に足を下ろす。亀みたいにゆっくりと階段を降りて、階段の真ん中あたりまでなんとかたどり着いたその時だ。油断した美妃は段を踏み外したのだ。

(やだ…!)

 体が前のめりになり、重力に従い落ちていく。思わず、ぎゅっと目を瞑っていた。

 ところが左手首を強く掴まれて、体ごと後ろに引き寄せられていた。それは男の力だった。強くたくましいその力の勢いで、彼女の華奢な背中が胸板に軽くぶつかった。

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