歪んだ曼珠沙華
カラカラというそれは秋の空に響いていく。微かに漂っていた金木犀の甘い香りも、赤とんぼが飛ぶ姿もかき消してしまうような狂おしさをはらんだ音。それが、隣にいる麻美の喉から発せられていることに気がついた真鍋は、何も言うことができなくなっていた。

ひたすらに笑い続ける彼女は、息をするのも忘れたようになっている。苦しさの余り、しゃがみこんでしまったが、それでもその視線はしっかりと真鍋の顔から外されることがない。



「ねえ、私がここから出られないってあなたは知ってるんじゃない。ここの扉は、絶対に私を外に出さないんじゃない。だったら、いくら話しても大丈夫よね? あなたは私をここから出さない。ううん、出せないんだもの」



艶めかしい表情で真鍋を見つめながら紡がれる言葉。そういいながら、彼女は摘んでいた曼珠沙華の花弁をむしっていく。みるまに彼女の周りには緋色が溢れだし、その中に埋もれたようになっていく。

そんな彼女にむかって、真鍋が手を差し伸べ、何かを言いかけた時。彼の背後からおどおどしたような若い女の声がきこえていた。



「先生。そろそろ、午後の診察のお時間です。診察室に戻っていただけませんか?」



その声に、真鍋は差し伸べかけた手をグッと握ると、後ろを振り返る。そこにいたのは、大人しそうな表情をした若い看護士。その姿にふっと息を吐いた彼は、麻美に向けるのとは違う表情で応えていた。



「わかったよ。戻るから、そんな顔をしない。あ、彼女はあのままでいいからね。気がすめば部屋に戻るだろうから」



そう言うと、真鍋は白衣の裾を翻し、麻美のそばを離れていく。そんな彼の姿も目に入らないように、彼女は曼珠沙華の赤い花弁をちぎり続け、まき散らし続けていた。

目にも鮮やかな緋色が埋め尽くし、金木犀の甘い香りが息苦しさも感じさせる。真鍋のことを呼びに来た若い看護士はこの光景に魅入られたように立ちつくすだけ。その彼女の前で、無心ともいえる様子で花をちぎる麻美の姿は、あまりにも非現実的。その姿に、若い看護士は背筋が寒くなるのを抑えることができなくなっていた。



〜Fin〜


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