ヒールの折れたシンデレラ
穏やかな時間を過ごしていると、千鶴が言いづらそうに宗治の「結婚しない理由」について尋ねてきた。

以前も聞かれたことがある。そのときはうまくはぐらかしたつもりだった。

だが今は状況が変わってきた。自分とそういう関係になって気にするのも無理はない。

(ちゃんと話さないとな……)

千鶴の髪をなでながら話をする。

「うちの家庭環境って普通じゃないんだ。千鶴が思い描いているような母親の手料理を食べたりキャッチボールをしたりすることなんてない。お互い求めあってもいない。安らぎとはかけ離れている家族だ」

自分の腕の中で静かに話を聞いている千鶴をさらに強く抱きしめる。

「俺に兄貴がいる話は聞いたことある?」

千鶴はこくんと頷く。

「母親が違うんだ。正妻だった俺の母になかなか子供ができなくて。そんな時父親の愛人に子供ができた」

なんでもない風に話しているように見えるが千鶴にさっきよりも触れる回数が多い。

「母さんは冷静を装ったらしい。だけどそれまで以上にどうしても息子を産まなければと躍起になって……きっと“葉山の妻”の役割さえも奪われると思ったんだろうな。六年後俺を産んだ後はノイローゼで誰の声も届かなくなっていた。俺が八歳のとき入院先の病院で肺炎になってあっけなく……」

目を閉じたまま話す宗治の眉間には深いしわが刻まれる。

今まで勇矢以外誰にも話したことのないこと。
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