ヒールの折れたシンデレラ
「兄の実の母親は育児放棄して、葉山に引き取られた。母が何もわからないのをいいことに父が引き取ったんだと幼かった自分は反発して。だけど兄はそんな俺にもやさしく自分が愛人の子であるということをきちんとわきまえていた。だから兄との関係はそんなに悪いものじゃなかったんだ」

だから、仕事も全く関係のない“弁護士”という仕事を選んだ。

宗治の父母の本当の犠牲者は兄かもしれないと宗治は常々思っていた。

「そんな環境で、結婚だ家庭だって言われても夢も理想さえも描けなくなるのも仕方ないと思わないか?」
閉じていた目をあけるとそこには千鶴の今にも泣きだしそうな潤んだ瞳があった。

「……もう、いいです」

そういって自分よりも大きな体の宗治を一所懸命抱きしめようとする。

そして小さな手で宗治の背中を“トントン”と。

(あぁ、こいつのこういうところ、きっとたまらなく俺の欲しいものなんだろうな)

他人に共感や感情移入しやすい。懐に入った相手は大切に大切にする。

大の男が情けないことだと宗治は思うがその心地よさを手放すつもりなどなかった。

普段は大きな仕事と社員を抱えて自分を押し殺して生きている。

それをどこかでこういう風に解放したかったのだろうか。

宗治は千鶴のそのやわらかい胸に抱かれて静かに眠りにおちた。

――いつか……いつかもう一つ宗治の心のわだかまりも千鶴になら話すことができる。そう思いながら。
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